アイリーン 第一章 -リッカルード-

prologue

 

静閑な街並みを、慌ただしい足音が通り抜ける。
真夜中で静まり返った中に、やけに響く靴音。
野良が一匹、侵入者に驚いて生け垣に逃げ込んだくらいで、他には何も動くものがない。

(くそっ…)

思わず舌打ちが洩れる。
悪態を吐かずにはいられなかった。
後ろから追ってくる気配はないけれど、まだ油断できるわけじゃない。
右に左に視線を走らせる。

(よし!あとちょっとで街を出られる!)

街の端がようやく見えてきた頃だった。
すっと視線の先に何かが差し出された。
間に合わない、と思った頃には後の祭りだった。

「うわっ!」

勢いよく前に突っ込んだ。
なんとか正面から倒れるのは免れたが、派手に転んだのには変わりない。

「い、いったぁ…」

体の色んな所を打ち付けたようで、ジンと痛むのがもうどこなんだかわからない。
確認できるだけでも、手のひらと肘、それに膝をすりむいているのがわかる。

(…っと、こんなことしてる場合じゃない)

逃げていたのを思い出して、辺りを見回す。
近くに何かの柄のような、丸い木の棒が転がっている。

(これのせいか。でも一体なんでこんな物がいきなり…)

最悪の場合を予測してぞっとした。
しかし、辺りに人の気配はない。
警戒しながら早くこの場を離れようと、手を突いて体を起こした。

「いっ…!?」

言葉にならない激痛が足に響いた。
どうやらさっきの棒に足を引っかけたときに、挫いてしまったらしい。

(逃げ切れるか…?)

足の痛みを堪えて立ち上がる。
無意識に顔をしかめた。



「かわいいネズミだな」
「!?」

後ろから声がかかって飛び上がる。
瞬時に振り向いて構えたが、相手の方が一瞬早く動いた。

「足、怪我してるんだろう。逃げられないと思うけどな」

暗がりでよく見えないが、相手はかなりの身長で大人の男のようだった。
力で振り切るのには、確かに足がもちそうになかった。

「じゃあ一緒に来てもらおうかな」

男の顔が薄く笑ったように見えた。



 
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