アイリーン 第一章 -リッカルード-

9.だから、何だよ

 

「アイリーン」

顔を上げると、やけににこにこととろけきった青い目がこっちを見ていた。

「…なに」

自分でも分かるほど眉を寄せて、渋々返事をする。
別に返事が面倒だと言うわけではない。
実家にいた時は名前を呼ばれたら、言い付けられることまで予測して動かないとノロマだとどつかれるので、それはもう自分の名前がちらりとでも出ようもんなら過敏に反応したものだ。
名前を呼ばれて反応するまでの速さを競えば、俺は間違いなく世界一だ。
右に出るものはいない。。
それでは何故こんなにも眉毛がひっつきがちになるかと言うと

「何でもないよ」

これだ。

最近、オセロットは意味もなく俺の名前を呼ぶ。
反応しないと機嫌が悪くなって拗ねるので、仕方なしに用がないとわかっていても返事するのだ。
まったく、この人はとても俺より年上とは思えない。
用がないのを確認して、また読んでいた本に目を戻す。

『謎の生命体 チューバッカ』

これが結構おもしろいのだ。
できるなら集中して読みたかった。
ふんふんと半分興奮しながら読んでいたのに、上からひょいと本を取り上げられる。
ひどい、横暴だ。

「こら、ちょっと話したいだけだから睨まないの」

すとんと俺の隣に腰を下ろして、困ったように覗き込む。
海のように深い碧が僅かに揺れた。

「こんなよくわかんない本ばっかり読んでないで、俺にもちょっとはかまって?」
「何言って…。何でもないって言うのはそっちのくせに」

チューバッカを貶されてちょっくらむくれそうだ。

「もっと食いついてきてほしいの。何でもないって言っても気にしてほしい」

だめだ。
本気で拗ね拗ねモードだ。
俺にどうしろと?
エスパーになれと?

「まぁ、名前呼んだらちゃんと反応するようになったのは嬉しいけどさ」

そうなのだ。
初めは「アイリーン」と呼ばれても反応できなかった。
自分の名前が呼ばれているという実感がまったくなくて、何回呼ばれても返事をしなかったので、知らないうちにオセロットの機嫌が悪くなっていて驚いた。

「話って何?」

至って朗らかに話そうと心がける。
たまに忘れそうになるが、俺は今ここに置いてもらっている身なのだ。

「アイリーンが来てもう一週間以上経つだろう?」

うんと頷いてはみるものの、内心は驚きだ。
もうそんなに経つのか。

「俺としては全然このままで構わないんだけどね。でも、上がうるさくってさ」
「上?オセロットが当主なんだろ?」

当主の上?

「うん、当主は俺。だけどオセロット家にはご隠居さんがいてね、まぁ要するにじいさん連中なんだけど」

オセロットは子どもをあやすように、優しく教え諭すように説明してくれた。

「簡単に言ったら親戚の年寄りだよ。親はもういないんだけど、俺の叔父とか祖父がね」
「…………」

両親がいないのはなんとなく知っていたけど、こんなあっさりと言われるとなんかショックだ。
俺の親はろくでもないけど、それでも育ててもらっただけ感謝はしてる。

「…アイリーン?」

俺が黙ってしまったのを何か勘違いしたようで、心配そうに青い瞳が覗いている。
何でもないと笑って言うと、少しだけ安心したように息を吐いた。

「でね、もしかしたら、そのオヤジ連中と会うことになるかもしれないんだけど…」

いくら何でも心配しすぎだ。
背中さするほどひどい顔してたのか?

「…わかった。会う」

どんなひどい人たちでも、俺の父親よりは怖くないだろうと思った。
 

 
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