アイリーン 第一章 -リッカルード-

10.謎の人

 
朝起きたら何か外が騒がしかった。バタバタと人が駆け回る音がする。

「おはようございます。ウィルさん」
「あ、フェイさん、おはようございます」

俺は目をしょぼしょぼさせて答えた。
この人だけはなんかいつも通りだ。
周りの騒々しさからすれば、なんだかここだけ浮いている気がする。

「あの、何かあったんですか?」
「いや、あったといいますかね…」

顎に指を添えて少し思案する仕草をしているのに、それすらも仕事の一つみたいに様になっている。
執事だし、当主であるイーグルにも言いたいこと言っちゃうくらい、この家ではかなり偉い人なんだと思う。
でもなんか、感じないんだよな…。
歳を。
なんていうか、若々しい。
どこにも皺なんてないし、肌も白くてきれいだ。

いつも側にいる男が無駄に派手すぎてわからなかったけど、よく見ればフェイさんもきれいに整った顔をしている。
若くて繊細で、なのにすごく貫禄がある。
一体何者?

いや、むしろ……何歳?

「とりあえず、ウィルさんも着替えた方がいいですよ」
「え、着替え……?」
「はい。これから来客があるので、やはりその恰好だと不都合でしょうから」

確かに、よく考えればまだパジャマだったことに気付く。
寝ぼけ眼で全体的にボロボロなこの恰好でよく人前に出れたもんだな、おい。

「…着替えてきます」
「はい。朝食の用意は既に整っておりますので」
「あ、はい。すぐに行きます」
「それではまた、後ほど」

そう言って立ち去っていった。
結局よくわからないままいつものように着替え始めた。

この家に転がり込んで一週間ぐらい経つが、手荷物なんて殆ど持っていなかった俺に、手持ちの着替えなんてあるわけがなかった。
なわけで、最近着ているものはずっとイーグルに手配してもらったものだ。
未だに男の感覚が抜けない俺に気を使ってか、手配されたものはズボンとシャツといった組み合わせの、体の線が出ないものが多かった。
それでもデザインはかわいらしいものが多いのだけど…
これがまた不思議と俺の好みにピッタリだったりするんだな。

「来客って言ってたよな…」

ということは、この間打診されたアレか?
世にも怖いオジサマ連中か?
一気に眠気が吹っ飛ぶ。

慌てて着替えて、転がるように階下に走った。
慌しい屋敷の中では、俺の無作法も咎められることはなかった。
そうして、ダイニングの扉を恐る恐る開ける。

「おはよう」

にこやかな笑みがそこにあった。
相変わらず眩しい。

ほっとするような、むっとするような…

「オヤジ連中はまだ現れてないから安心してね」

見破られてましたか。
やっぱりむっとするよ。

「別に…ご飯は?」

拗ねたままそう聞くと、おいでおいでと手招きされて、横に座らされた。

「一緒に食べようと思って待ってた」

俺が横にと並ぶと、すぐに給仕の人が二人分の食事を持ってきてくれる。
待たせて悪いとは思うんだけど、やっぱりうれしい。
一人で食べるのに給仕をしてもらうのは気が引けるし、少し寂しい。
特にこんなバタバタしている時だと、余計に申し訳なくなってしまう。
それにやっぱり誰かと食べるご飯の方がおいしい。

「…ありがとう」
「え?」
「いただきます」
「え、え、何?今なんかすっごいかわいいこと言わなかった?」
「ご飯冷めちゃうよ」

こういう過剰反応はサクッとスルーだ。
イーグルは多少つまらなそうだったけれど、黙々と食事を続ける俺を見て諦めたようだった。
自分も一緒に次々と食事を片していく。

「こら、アイリーン。豆をよけちゃダメだろ」

なんてあまあまな声で叱る余裕もでてきたようだ。
最後には塩で味を誤魔化そうとまでしてくれた。
もう完璧な親バカだ。
俺がそうやって食わず嫌いをなくそうとしていた時だった。


「イーグル様、ご隠居様方がいらっしゃいました」

フェイさんの声に思わず体がビクッとなった。
ついに着たか、オヤジ連中。

「わかった。すぐ行く」

ガタッとイーグルが席を立った。
俺も後に続こうとしたが、うまく足に力が入らない。
…思いっ切り緊張してしまっている。

「いいよ。アイリーンはゆっくり支度しといで。その後でちょっと顔出すだけでいいからね」

ぽんぽんと優しく頭を撫でられた。
そう言われてどこかほっとしてしまっているので、子ども扱いされても怒れない。

「じゃあ後でね」

くるっと俺に背を向けると、先に立って待っていたフェイさんの後に続いて出ていってしまった。
放置された分、余計に緊張が増した気がする。
これはこれであまり良くないんじゃ…。

「よしっ」

俺は気合いを入れるため、軽く頬を叩いた。


 
 

 
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