アイリーン 第一章 -リッカルード-
11.頼りになる師匠
どうせなら正装をしていってやろうと思ったんだけど…
正装って燕尾服?
ドレス?
俺が女だというのは実はまだ実感がわかないのだけど、イーグルがやたらと女扱いするから、ちょっとはそんな気がしてきている。
俺に重いものを持たせないし、ちょっと夜に出歩けば「女の子に夜道は危ない」とかって怒るし…
二人っきりになればベタベタしてくるのはおいとくとして、とにかく、過保護な父親のようだ。
俺の身の回りの世話も絶対女の人にしかさせない。
むしろ、俺がこの屋敷内で、しゃべったことのある男の人はイーグルとルードさんしかいないと思う。
この屋敷の他の人としゃべろうと思ったら、「男は野蛮だから近付かないように」とか言われた。
自分の小間使いつかまえて何を言っているんだか…。
コンコン
そんなこんなで一人考えにふけっていたところで、ドアをノックする音が聞こえた。
「ウィルさん、入ってもよろしいですか?」
「うん、いいよ」
ガチャリとドアが開いて入ってきたのは、俺が一番仲がいい女中のシシィだ。
彼女は、俺より三つほど年が上だが、気さくな性格であまりその差を感じさせない。一番話しやすい相手だ。
最近の俺の手本の先生でもある。
「やっぱりまだ着替えてらっしゃらなかったのね」
「シシィ、何を着るべきだと思う?」
本当に困っているから助けを求めたんだけど、ちょっと呆れた顔をされた。
「もしかして、燕尾服とか考えていらっしゃらないでしょうね」
なんでわかったんだ。
こういう何でもお見通しな感じとか、さっさと服を選び出すような行動力があるところとか、すごく頼りになる。
「これなんかいかがです?」
「えっ」
これ?
こんなの着たことないぞ。
「絶対ウィルさんに似合うと思いますわ」
俺が固まったのを無視してさっさと着る支度を始める。
やっぱり行動力があるや…。
「ほら、今度はこれに腕を通してくださいな。次、これですわね。…そう、それで最後にこっちです。後はこうやって、…はい。これでいいですわ」
着せ替え人形状態で、驚くほど手際良く着付けられてしまった。
「じゃあ、向かう前に最後のレッスンです」
先生はにこりと仕上がりを満足げに眺め、さらににこりと指を立てて指導を付け足す。
「いくら慌てても冷静に対処するよう心がけてください。笑顔は崩してはいけませんよ。言葉少なに丁寧に、慇懃なくらいで構いません。あとは」
「女は度胸」
「そうです」
ふっと嬉しそうに笑ったシシィを見て、ちょっとだけ緊張が和らいだ。
頼りになる先生で良かったよ。
うん、女は度胸だ!
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