アイリーン 第一章 -リッカルード-

12.噂の小父様

   
俺はシシィに教えられた通り、慇懃にドアをノックした。

「どうぞ」

部屋からイーグルの声が聞こえ、一息吐いてゆっくりとドアを開けた。

「失礼致します」

見よう見まねで覚えた仕草でお礼して、またゆっくりとドアを閉めた。
今度は部屋の中に俺が入ったのだけど。

部屋に入ると、そこは豪奢な応接間で、真ん中に据えられたソファにはイーグルと初老の男が座っていた。
その男の後ろには控えるように女が立っている。
男よりは大分若いが、それでも結構な年のようだ。

自分から自己紹介するべきか、俺は迷っていた。
紹介を待つべきなんだろうけど、肝心の本人たちが固まってしまって動いてくれない。

「え…と」

あたふたし始めた俺を見て、ようやくイーグルが意識を戻したようだった。

「お祖父様、叔母上、紹介致します」

俺の手を取ってすいっと二人の前まで連れてくる。

「グレイ嬢です」

なんとか笑みを浮かべ、挨拶程度に頭を下げた。
随分ぎこちなかったが、大丈夫だっただろうか。

「紹介に預かりました、アイリーン・グレイと申します」

僅かに触れている手だけが俺に安心させてくれる。
指の先だけでぎゅっと力をいれた。

「…驚いたな」

初老の紳士が口ひげをゆったりとなぞった。

「こんなにかわいらしいお嬢さんだとはね…」

その笑い方にぞっとした。
叔母と呼ばれた人に限っては、ただ黙って俺をねめつけるように見つめている。
こ、怖い…。

「アイリーン」

イーグルに促されて、彼の隣の椅子に座った。
ふっ…ふっかふかだ。
誰もいなかったら、この上で飛び跳ねたいくらいだ。

「さて、お嬢さんはラトレアにいたそうだね」

ギラリと底光りする視線に耐えながら、なんとか頷いた。

「はい…」
「単刀直入に聞くが、何のためにラトレアにいた?」

…イーグルから聞いていないのか?
それとも信じていないのか…。

「お祖父様、先ほど僕が申し上げたでしょう」
「ふん、わかっておる。私が聞きたいのは、そのお嬢さんを雇っていたやつのことだ」

どうやら後者だったようだ。
…困った。
非常に困った。
ただでさえ依頼に失敗しているのに、更に雇い主の名前まで明かすなんて…。
でも、ただ「答えられません」では済みそうにない。
イーグルは聞かなかったのに…
 
 
「雇い主は、一体誰なんだ?」
「…………」
「お嬢さん、何も我が一門は何の目算もなく君をかくまったわけではないんだよ。恩を仇で返すつもりかい?」
「お祖父様!」
「お前は黙っていろ」

こりゃイーグルの援護は期待できなそうだ。
腹、括るしかないかな。

「雇い主は…」

ごめん、イーグル。
せっかく庇ってくれたのに…。

「雇い主は、言えません」
「…………」
「お、…わ、私のことをこれからどう扱おうと構いませんが、その情報だけは明かすわけにはいかないんです」

しっかり相手の目を見て答える。
俺を見る目がだんだんときつくなるのがわかった。

「…何をされても文句は言えんぞ」
「なっ」
「わかっています」

声を上げようとしたイーグルを手で制した。


「煮るなり焼くなり好きにしてください」


ドカッとソファに座り込み、意を決してそう告げた。



ぶっ

驚いて見ると、傍らに腰掛けていたはずのイーグルが、体を折り曲げて肩を震わせている。
前を見てもイーグルのお祖父様が口元に手を当てて、なんやら苦しそうだ。
叔母様だけがなんやら難しい顔をしたままだ。

「え、と………」

何かヘマをやらかしたのか?
途端に、男二人が笑い出した。
そのタイミングに血を感じる。
声まで似てるぞ。

「…これはまたっ、毛色の変わったお嬢さんだ!」

がっはっはと豪勢に笑い声を立てる。
あんまり笑うものだから、ちょっぴり腹が立ってきた。

「何がおかしいんです?」
「いや…、まさかそんな答えが返って来ると思わなくてなぁ」
「そうだよ、アイリーン。女の子がそんなやけっぱちにならないの」

むっ。
適当発言だと思ってやがるな。

「いえ、ほんとに…」
「たかが一週間庇護されただけで、命まで投げ出さなくてもいいんだよ」

でも、俺が食べたものや使ったものを元に戻せと言われても戻らないだろう?

「よし、お嬢さんのことはわしが面倒見よう。引き続き、ここにいるといい」

きょとんとしていると、イーグルが俺に耳打ちした。

「気にいられたんだよ」

そ、そうなのか?

「ただし、これからお嬢さんには動いてもらうよ」

じいさんは笑いを引っ込めて、真剣な目で俺を見た。




「今度はわしが雇い主だ。」



 

 
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