アイリーン 第一章 -リッカルード-

13.気に食わない理由


じいさんたちが帰ってほっと一息…と思ったのに。
なんなんだよまったく。

「…なに?」

さっきから隣で微動だにせず、険しい顔で俺を見ている。
綺麗な顔は怒ったらまた迫力が増すものなんだと実感した。

「本当にやる気なの?」
「へ?」
「さっきジジイが言ったことにホントに協力するつもり?」

なんだ、そのことか。

「俺にできることなんだったら、喜んでやるよ。いつまでもただ養ってもらうつもりはなかったし。そろそろ新しい仕事も探そうと思ってたし」

にっこりと笑ってそう言ったのに、思いっ切りため息を吐かれた。
失礼な。

「だから、そういうことじゃないだろ。ちゃんとわかって言ってるの?」
「何がだよ」

イーグルが何が言いたいのかまったくわからん。
謎かけにしか聞こえないよ。
また盛大にため息を吐く。
急に老けたように見えたのは気のせい…だよな。

「アイリーンは女の子なんだよ?」
「う、うん」

たぶんね。
そう簡単に気持ちを切り替えるなんてできないから、ペロッと忘れて「俺」って言っちゃうけど。
…本当に俺が女なら、直さなきゃいけないところっていっぱいあるんだろうな。
なんかウンザリだよ。
女って面倒くさい。

「お前は全然分かってないだろうけどね、そんな風にドレスなんか着てたら女にしか見えない」

そ、そうなのか?
不自然に浮いて見えやしないかと心配なくらいだったんだけど…。

「だから、またラトレアに潜入するなんて反対だ。」

ぐっ。
来やがったな。
本当に過保護な父親のようなんだから。

「今度は女中として潜入するんだから大丈夫だよ。言葉遣いとか仕草とかはこれからちゃんと直すつもりだし…」
「だから余計に心配」

もっとしかめ面をされた。
でも目がどこか不安そうなのがわかる。
でも俺には、イーグルが何を危惧しているのかイマイチ分からない。
…俺の無作法さでボロが出るのが心配、ってわけじゃないよな。

「恐らくだけど、アイリーンはリッカルードの好みなんだと思う。女好きなあいつが、男装したお前を襲うくらいなんだからね」

イーグルは嫌そうに顔をしかめて、ふいと顔を逸らした。

「またあいつに見つかってみなよ。今度こそ逃がしてもらえなくなるよ」

そ、それは嫌だな。

「何をされるかもわからないよ?」

イーグルが俺の腕をつかんだと思ったら、一気に視線が回転した。

押し倒されたのだと気付くまで、時間がかかった。
さっきまで並んで座っていたソファに、押し付けるようにして腕を捕まれている。

「ほら、こんな風にされたらどうする?」

そのまま手を頭上で一つに固定される。
ぐっと力を込めて引っ張ってもびくともしない。

「女の子の力じゃかなわないんだよ」

すっとイーグルのもう一つの手が俺の頬に触れる。

「ほらね。手一本でなんとかなってしまう」

喉が張りついて声が出ない。
足も上から押さえつけられていて動かない。

まるであの時みたいだ。
恐怖が込み上げてくる。

「イ…グル」
「そんな悲しい顔しないで」

ぐいっと腕を引っ張られてまた起こされた。
そのままぎゅっと抱きしめられる。

「俺は何もしないよ。…アイリーンの嫌がることはね」

切なく耳元でそう囁かれて、キュッと身が竦む。
わけもなく体が震えた。

「…心配なんだよ。どうすればわかってくれる?あいつが触れるのも、他の男が触れるのも嫌だ。こうやって触れるのは俺だけにしたい」

耳元を甘い吐息が掠め、麻薬みたいに脳をふらふらにしてしまう。

「こんな風に女の恰好をしているのだって、本当は男の視線なんかにはさらしたくない」
「前はスカートなんかはいたら絶対かわいいとか言ってたくせに」

合間にちょっと言い返してやったら、なんだか少し嫌な顔をした。

「こんなかわいいんだから側に置いて見せびらかしたいという気持ちはあるよ。でも、他の男の視線が集まるのも嫌なんだ」

拗ねたような声でそう言って、俺の体を離した。
眉を寄せていかにも不服そうだ。

「…ごめん、めちゃくちゃ言ってる」
「うん。本当にめちゃくちゃだ」

俺が肯定すると、明らかにしょんぼりしてしまった。慌ててフォローを入れる。

「でもさ、イーグルの言うことも少しはわかったよ」

覗き込むようにして見ると、反省して耳を垂れた犬ような顔をしてこっちを見た。
なんだかかわいい。

「…考え直した?」
「ん。やっぱりこのままじゃだめだとは思うけど、今回のことももうちょっとちゃんと考えてみるよ」

まだイーグルは不服そうだったけれど、今はまぁこれでいいじゃないか。



 
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