アイリーン 第一章 -リッカルード-

14.ドン引き

 
オセロット家の屋敷は広い。
客間がありえないくらいの数があって、さらにその中でも主賓室みたいなのは何部屋も続き部屋があったりする。
俺は初め、その主賓室を使うように勧められたが、庶民の俺には落ち着かないだけなのできっぱりとお断りさせていただいた。
それからどうしてこうなるんだか…。

今は結局、二部屋ぐらいの大きさの簡素な部屋に住まわしてもらっている。
小さいがトイレもバスもついている申し分ないお部屋だ。
本当に申し分ない…
隣の部屋が当主の部屋だということを除けば。

何故だかこの部屋は簡素な割にはテラスが付いていて、しかも隣の部屋のテラスが異常にでかいもんだから、簡単に行き来できるほど隣接している。
しかもベッドがでかい。
元は女中の一人部屋だったというのに、女一人でこんなにいらんだろうって思うくらいでかい。
なまじ、実家のベッドが兄弟で一番小さかったもんだから、余計にでかく感じる。

「もう寝た?」
「寝てない。っていうか、いきなり入ってくるのやめて」

着替えてたらどうするんだよって言おうとしてやめた。
以前だったら自分が男だという意識があったから、着替えなんて見られてもへっちゃらだった。
ただカインが人前で着替えることにすごく怒るもんだから、あんまりしたことはなかったけれど。
ひょろい俺の体なんか見ても気分が悪いだけだと思っていたしね。

「ちゃんとノックしたよ。聞こえなかった?」

ガラスなんかノックしても全然聞こえないよ。

「むしろドアから入って来てほしいんだけど」

居候している身だから、どうしても強く言えない。
言ったとしても、ひとつも聞き入れてくれたことがないんだけど。

「夜にうろうろ廊下を歩いたらフェイがうるさくってさ」
「そんな距離ないだろ」
「だって前に表から来たら鍵かけてあったし。アイリーン、寝ちゃったら起きないだろ?テラスだったらしょっちゅう鍵かけ忘れてるもんな」

今度からはテラスの鍵も忘れないようにしよう。

それにしても、とイーグルの素行の悪さを匂わせるような行動の数々は生活の端々に見られた。
悪さってほどでもないかもしれない。
でも、どこか常識に欠ける、突飛な行為ばかりだ。
…俺が言うのもなんだけど。

そうやって気になり始めると俺はどうにかして知りたくなる性分らしい。

「イーグル様の素行なんて、今じゃかわいいものですよ」

さっきご飯を食べてから、部屋にシシィを呼んだ。
気になっていたこの部屋の異常さを教えてもらおうと思ったのだ。
だって未婚の当主の部屋に繋がったベランダがある馬鹿でかい部屋って、どう見ても異常じゃないか。

「恋人という感じの人はそうそういらっしゃいませんでしたけど、女性関係が派手だったのは周知の事実ですわ」

何となくそんな感じはしていたが、やっぱり事実だとわかるとショックだ。
俺は少し前まで自分を男だと思っていたにせよ、そういうネタは好きじゃなかったし、下品な話は嫌いだった。
頭の中は昔っから純情乙女だ。
まずは手を繋ぐことから始めて、ファーストキスは夕暮れの中二人が手を取り合って…“ハジメテ”なんか結婚してからで十分だ。
清い交際を主張する。

「でもみんな不思議がってますのよ?」

今まで部屋を整理しながら動き回っていたのを止めて、ベッドに腰掛けている俺に向かい合った。

「どんな女性が言い寄っても遊ぶことをお止めにならなかったのに、最近ではパタリとなくなりましたもの。どんな手を使われたんです?」
「四十八手」

呆れた顔をされた。
そんなこと言ったって、まったく身に覚えがないんだから仕方ない。

「と言っても、これは周りの者たちが勝手に騒いでいるだけですわ。わたくしにはすぐにわかりました」
「…何が?」

なんかとんでもないことを言い出すんじゃないかと身構える。
シシィはそんな俺を見ながらクスッと笑って付け加えた。

「だってイーグル様ったら、アイリーン様にゾッコンって感じなんですもの」
「えっ」
「驚くところですの?イーグル様がベタ惚れしていらっしゃるのは火を見るより明らかでしょう」

そ、そうかな?
確かに隙あらばべたべた寄ってくるし、触ってくるし、二人きりになれば手を繋ぎたがる。
俺が眠くなると姫だっこでベッドまで運んでくれるし、おやすみのキスまでしてくれる。
額に、だけど。
ドン引きされても困るので言わないでおこう。

「じゃ、じゃあこの部屋は…」
「あ、ああ…この部屋はですね」

目を泳がせて口ごもる。
明らかに不自然だ。

「シシィ?」

なかなか言おうとしない彼女を、せっつくように促す。
シシィは観念したようにため息を吐いた。

「当主様の遊び女のためのお部屋ですわ。」




 
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