アイリーン 第一章 -リッカルード-
17.出陣だ!
ドアを開けるときはきちんと両手を揃えて、閉めるときも静かに。
お礼をするときは、膝を屈めて一度腰を低く落とす。
カップは音を立てないように静かにテーブルに置き、ポットから注ぐ時は水はねしないように下から上へ。
足は小幅で左右少し重なるくらいに。
婦女子としての行動を、詰め込み勉強のように叩き込まれた。
お陰で毎日筋肉痛だ。
脳みその皺も心なしか増えた気がする。
確認できないけど。
「大分板に着いて来ましたね」
シシィが優しく微笑みながら言った。
「作法の先生、怖いんだもん…」
俺が本気で言ってるのが分かったのか、ちょっと眉をしかめて困ったように笑う。
「ミス・マゼルダは厳しいけど良い先生ですよ。正しいことだけを教えていらっしゃるし、サボらないように喝を入れてくれますもの」
それが問題なのだ。
俺がうっかり『俺』の『お』の字だけでも口に出そうもんなら、こんこんと三十分は婦女子の心得を説かれる。
不出来な俺は怒られてばっかりだし、休める時と言えばシシィが教える『女中としての仕事』の時間だけだ。
「女の子がこんな大変だって知らなかった…わ。」
自分ではこんな風に言葉遣いを改めるとオカマサンになった気がして仕方がないのだけど、周りから見ると俺が戸惑っている方がおかしいらしい。
クスッといつもシシィに笑われてしまう。
「がんばっていらっしゃるようですね」
「がんばってるよ。お、…私は必死なんだ…ですけどね」
しどろもどろだ。
ここにミス・マゼルダがいたら確実に説教ものだ。
そんな俺を見てシシィが耐えきれなくなったように笑う。
むっとして口を尖らすと、シシィはなんとか笑いをかみ殺して小さく謝った。
「…でも、お作法は大分身についたみたいですし、そろそろいいかもしれませんね」
「えっ、でもまだ言葉遣いは全然慣れないよ?」
ぎょっとして慌てふためきながら首を振った。
間違いなく、ミス・マゼルダには「何を言ってるんですか!」と怒られると思う。
「言葉遣いなんて、毎日のように使っていれば自然と慣れますよ」
急に真剣な顔つきになって、俺の手をぎゅっと握った。
「大丈夫です。自分が思ってらっしゃるよりちゃんとできていますよ。この私が言うんだから、間違いありません」
さすが、頼りがいのある若きエース。
俺の不安なんか一刀両断で、喝と勇気を与えてくれる。
シシィはすっくと立つと、一礼して俺の目をしっかりと捉えた。
「そうなればすぐにでも報告してきますね」
こくっと喉がなった。
「作戦決行です」
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