アイリーン 第一章 -リッカルード-

18.ばれちゃった


ガタンゴトンと馬車が揺れる。
慣れない分少し気分が悪いが、景色が次々と過ぎていくのを見るのは本当に楽しかった。
思わず子供のようにきゃあきゃあとはしゃいでしまう。

「はしゃぐのもいいけど、あんまり体を乗り出ししてたら危ないよ」

渋々体を引っ込める。
仕方がないので、窓枠に貼り付く程度にした。

「ホントに子供みたいなんだから…」

むっ。

「うるさいなぁ。ちょっと外見てただけじゃないか。イーグルだってこんなとこまで付いてきて大丈夫なの?」

少し長めのブロンドを掻き上げるようにして座席の端に肘をつき、長い足を組んでゆったりとくつろいでいる。
本当に無駄に長い脚だ。

「心配してくれてるの?」

目を細めてクスッと笑う。
何がおかしいんだか。

「大丈夫だよ。これは一応覆面馬車だし。それにアイリーンのデビューを俺が見送らないでどうするの」

そうなんだよな。
この馬車は一面黒っぽい装飾で、御者の服装まで真っ黒だ。
せっかく馬車だと聞いてワクワクしてたのに、想像してたようなキラキラなんじゃなくて少々がっくりした。
カボチャを期待してたんだけどな…

まぁ一応、中はさすが名家の馬車だけあって品のある豪華さだった。
それに外なんて乗ってたら見えないしな…。
でも乗るときの意気込みというか、テンションが違うと思うんだよな。

「そろそろだな」

今度はイーグルが窓の外を覗いていた。
俺も隣から外を見ると、ほら、と言って向こうに見える林を指差した。

「あそこの林を越えるとラトレア領に入る。こっち側に一番屋敷に近い端の門があるから、そこから新人の使用人として馬車ごと搬入される」

林がどんどん近くなる。近付くにつれ、馬車の速度が少しずつ落ちていった。
林の入り口辺りでゆっくりと減速し、止まった。

「俺が行けるのはここまでだ」

止まった馬車の中、しばらく沈黙が流れる。
俺はぎゅっと膝の上で服を握り締めた。質素なロングスカートのワンピースの裾が揺れる。

「そんな悲壮な顔しないの。すぐに迎えに行くから」

思わずぱっと顔を上げた。
締まりのない顔をしているかもしれない。

「…わかりやすい」

そう言うイーグルの顔もだらしがなかいぞ。

「絶対の安全は保障するから、心配しないで」

本当に俺は分かりやすい顔をしているのだろう。
そうは言っても、心の中は不安だらけで気を抜くと押しつぶされそうだ。

ガタン。
イーグルが馬車から降りると車体が揺れた。
降りてすぐ、中の俺を覗き込んだ顔は、憎たらしいくらい心配の色はなかった。
あれだけ渋っていたくせに、いつの間にか手のひらを返されていたようだ。

「すぐに迎えに行くから、ね」

もう一度それだけを強調して、俺の頬を指で滑るように撫でると、馬車から数歩下がって離れた。
それを合図に馬車が再び動き出す。
俺は窓から身を乗り出して、離れていくイーグルを見ていた。
青い瞳はすぐに見えなくなり、金の髪もやがて見えなくなった。

やがて森の中に入り、格段に足場が悪くなった。
ガッタンと揺れる度にうっと込み上がるものがある。
緊張と酔いが一気に回って、早く着いてほしいのと一生着かないでいてほしいという気持ちが入り混じっている。
仕事はきちんとこなさなければならない。
だけどそのためにはまたアイツに近付くことが必要で…。

はぁっと大きなため息を吐いた。
吐かずにはいられなかった。
まだ始まってもいないのに、これじゃ先が思いやられる。
ぎゅっと手を握り締める。
爪が手のひらに食い込むほどきつく、きつく握り締めた。

ギィィ───…

揺れる馬車は音を立てて軋む巨大な門の中へと進んでいった。
森を抜けた馬車は、整備された砂利道をただひたすらに走る。
窓枠から隠れるようにして外を覗くと、周りを囲うような森が道の脇に鬱蒼と茂っている。
森を抜けてもまだ森だ。
余程厳重なつくりになっているらしい。

建物は壁から意外と離れた所にあったようで、速度を落としたとは言え、到着までには少し時間があった。
その間に何とか落ち着いて、今まで習ったことなんかも思い出せるようになっていた。
シシィやミス・マゼルダ、フェイさんに…イーグル。
みんなの言葉が浮かんでくることにホッとする。

ガタンと最後に静かに揺れて、ようやく馬車が止まった。
御者のおじさんが外で何やら話しているのがぼんやりと聞こえた。
黒い馬車のドアが開かれ、降りるように促される。

心臓が止まるかと思った。

「おかえり──…」

男が2人、出迎えに立っていた。
何か言いたいのにうまく声が出て来ない。
口をパクパクさせるだけで精一杯だ。

「何もあなた様が、このような端女を出迎えにいらっしゃることありませんでしょう…。」

目の前に立つ二人の男のうち、背の高い黒の礼服を着込んだ男がそう言った。

「いいんだよ。僕がそうしたかったんだから。ね、ウィル?」

その隣に、白っぽい傍目にも上等なシルクのシャツを着た男が立っている。
焦げ茶の髪が風に吹かれてさらりと揺れた。
ブラウンの目が薄っすらと笑みを湛えていた。
こくんと喉を鳴らして、ようやく自分に聞こえるくらいの声で呟いた。

「リッカ…ルー…ド…」



 
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