アイリーン 第一章 -リッカルード-

1.捕まった相手

 


「オセロット?」


別に俺は耳が遠いわけじゃないが、その時は聞き返さずにはいられないほど動揺していた。
ちょっとあることをやらかして、しかもしくじった上に追いつめられて捕まった。
なんともなさけない話なのだが、こんなつもりじゃなかったのだ。
にしても、この目の前の馬鹿でかい男、どっから湧いて出たんだか、ほんと馬鹿でかい…じゃなくてだな…。

「名門オセロット家が、こんなしがない逃亡者をあんな引っかけるように捕まえて、一体何の用だよ」

オセロット家はここら一帯を牛耳っている名家だ。
にしても、ほんとさっきの捕まり方は納得いかない。
あんなあっさり…

「いやぁ、あんな罠にひっかかるとは思ってもみなかったからな」

むぐっと黙ったところをじろじろと観察される。
なんだかさっきから、この男が無駄にきらびやかで、見られているだけで居たたまれない気持ちにさせる。

この、オセロットの一族だと名乗った男は、明かりの下で見ると、とても端正な顔立ちをしていた。
ブロンド美人という呼び方があるが、この男も女性ではないが当て嵌まる気がする。
艶やかに光る金髪は、肩少し上くらいに伸びて、長くはないにしても決して男性的には見えない。
髪と同じ金の睫毛に縁取られた瞳は、目の覚めるような空の色。
20代に差し掛かったところだろうか、若いのは確かだが、それを素直に言わせないような雰囲気を漂わせている。


「ふぅん」

なんだなんだ。
ほんと居たたまれないぞ。

俺が向こうを観察していたように、男もまた俺をまじまじと見つめていた。

「あんな敏捷だけど細いんだな」
「小柄なんだよ」
「ふんふん」

睨んでも構わずずけずけと視線をよこす男に、内心閉口していた。

「まずは風呂だな」
「は?」
「風呂。まずは身なりを整えるべきだ。絶対もっとよくなるから」

くいと顎を持ち上げられる。
そのままちょいちょいと右左に首を振られ、お顔チェックを受けた。
ふむふむと男は頷く。

「名前は?」
「は?」

顔が近い。
透き通るようなスカイブルーの目に引き込まれそうだ。

「俺の名はイーグル。オセロット家の当主だ」
「当主!?」

あ、やばい。
おもっきり大声をあげてしまった。
イーグル・オセロットは整った眉を潜め、耳に手を当てている。
うん、近かったしね。

だって当主にしては若すぎだろ。
どう見ても二十代にしか見えないぞ。
俺はじぃっと目の前の男を見つめた。

…どう見ても三十ではないよな。
しかし、すっごい長いまつげだな…瞬きするだけで風が来そうだ。
しかも全体的に均整の取れた顔をしているから、長いまつげも不自然にならない。

…碧い眼がすごく綺麗だ。


「……おい」

イーグルの呼びかけにはっとなる。
随分と長い間見つめてしまっていたみたいだ。

「襲われたいのか?」
「!?」

詰め寄っていた体を慌てて離した。
イーグルがちょっと残念そうな顔をする。

ったく、なんだってんだよ…。


「で?」
「は?」
「名前は?」

スカイブルーがまた俺をのぞき込む。
気のせいか近すぎないかい?
あれは俺に退けという合図じゃなかったのか?

「……ウィル」
「愛称か?」

俺は答えなかった。
イーグルは眉をしかめて見せたが、すぐににやりと笑って俺の頭をぽんと叩いた。

「まあいい。とにかく風呂に入ってこい」

ぐいと腕をひかれて部屋を出される。

「フェイ、こいつを風呂場まで案内してやってくれ」
「かしこまりました」

部屋の外に待機していた、いかにも従者風の男に向かって俺を突き出した。

「ウィル、この男は我がオセロット家の執事、フェイ・マクシムだ。何か困ったことがあればフェイに聞くといい」
「なんなりと」

フェイさんが礼儀正しく俺にお辞儀をしてみせる。
うわぁ…慣れないな、こんな態度。
どっちかと言うと、イーグルみたいな振る舞いの方が俺にはしっくりくるよ。
名家の当主で、この振る舞いと物言いはどうかと思うけど。

「さあ、ウィルさん。こちらへどうぞ」

またもや俺は慇懃に促され、フェイさんと並んで歩き出した。
広い屋敷を歩く中、俺はずっときょろきょろしていた。

「何か珍しいものでも?」
「あ、いえ!すみません。すごく豪華だなぁって見惚れてました」

素直にそう言うと、フェイさんが怪訝そうに眉を上げた。

「あなたのいたお屋敷も相当な大きさでしたでしょう?」

うっと詰まってしまった。
悪気はないんだろうけど…あんまり思い出したくないんだけどなぁ。

「…俺がいたのは別荘だったのでそれほどでもなかったですよ」

変な表情にならないよう、なるべく笑顔で言った。

「そうですか」

特に興味もなさそうに、フェイさんは答えた。
さっきも思ったが、この人は随分と表情が乏しいようだ。

それ以降、お風呂場に着くまで俺たちの間にあまり会話はなかった。




き、気まずい…
 
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