アイリーン 第一章 -リッカルード-
20.準備と役割
バタバタと走り回る。
グラスの触れ合う音に、飛び交うようにはためく白いテーブルクロス。
銀食器が踊り、並んだ椅子に合わせるように整列してゆく。
俺はそれを見ているだけだ。
「あの―ぉ…」
ちらりと横に目を移すと、のんびりとこっちを向いた男と目が合う。
肩に手を回されているせいで、目一杯離れて座っていても近い。
「なんだい?」
さっきからこの男は、周囲の慌ただしさをまるでないもののように、ゆったりと寛いでソファに腰掛けている。
時折、指示を飛ばしているとこを見ると、周りのことを一応把握しているようだが。
「お、…わ私もお手伝いするべきなのでは?」
居た堪れなさと、自分の役割に疑問を持ち始めていたので、素直にそう聞いた。
「何言ってるんだい。君はまだ分からないことの方が多いというのに、手伝えるわけないだろう」
「で、でも、何か少しくらいお手伝いできることはあるでしょう?」
「いいんだよ。君は、僕の専属なんだから」
だからその役割がよくわからなくて困ってるんじゃないか。
時折、女中さんたちから飛ばされる視線も、結構サクッと突き刺さってくる。
きっとこのクソ忙しそうな中に、呑気に座ってるひよっこな俺が許せないんだろうな。
「新人が偉そうに指くわえて傍観者かよ!」ぐらいには思われているだろう。
いや、もしかしたら「何見てんだよ、ああん?ふざけんな、後で覚えてろよ」ぐらいには…。
ごめんなさい。
手伝いたくて仕方がないんだけど、このバカ坊ちゃんのせいで…
後でどんな制裁でも受け入れましょう。
覚悟はできてますよ。
大丈夫、俺、打たれ強いから。
口には出さずに、ただ黙って視線に耐えていた。
最近わかったのだが、リッカは意外とモテるらしい。
女中から人気がすこぶる高いことには少なからずも驚いた。
だって、すごく世間知らずなバカ坊ちゃんぶりを、当たり前のように発揮しまくっているし、自分が大好きで、ほっとくと勝手に自分に酔いしれているような人だよ?
まぁ、優しいってところはあるけど…
顔か?
普段規格外のものを見ていたせいで、感覚が鈍っているのかもしれない。
…悪くはないと思う…って何様かね、俺は。
「ウィル?そろそろ用意しようか」
「へ?」
考えに耽っていた俺は、思わず変な声を出してしまった。
「準備だよ。パーティーのね」
あ、そうか。
俺はこのバカ坊ちゃんのお付きなんだった。
リッカがパーティーに普段着のままで行くはずがない。
専属、つまりはリッカの準備は俺の準備。
ようやっと俺にも役目ができたということか。
そう一人で納得して、リッカの後に立って従った。
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