アイリーン 第一章 -リッカルード-

2.金持ちには無駄が多い


 広い屋敷の風呂なだけあって、何のためにこんなに広いんだと思うくらいのでかさがあった。
風呂に入るのに2,3人の女の人が俺の世話をしてくれようとしたが、庶民な俺には裸を晒すのは恥ずかしすぎたので、丁重に遠慮させていただいた。
金持ちって大変だ。

だだっ広い浴槽の隅に縮こまるように湯につかると、傷にしみて、転んだ時に傷ができていたのを思い出した。
湯船につかる前に簡単な泥を注ぎ落としたが、思ったより逃げ回った間に汚れたらしく、イーグルにまず風呂をすすめられたのも何だか頷けて、更に自分が情けなくなった。まだオセロット家にどう対応していいかもわからない内に、もう抗う術をもがれた気分だった。
もう全体的にかっこ悪い。



「湯加減はいかがでした?」

フェイさんがまだ外で待っていてくれて、また情けなくもほっとした。
ここで放り出されたら、惨めすぎて死んでしまいそうだ。

「あ、よかったです。あの…」
「何です?」
「本当に申し訳ないんですが、簡単な手当ての道具を貸してもらえませんか?」

転んだ時の傷は、湯がしみて気がついた…というよりは悶絶するほどヒドかった。
膝のあたりなんか、ズボンをはいていたのにずる剥けだった。
顎のあたりにもちっちゃい擦り傷があるし、肘は膿んでぐじゅぐじゅだ。
正直服を貸してもらえたのはありがたかった。

「ああ、申し訳ありません。すぐに手当てさせますので、こちらの部屋でお待ちいただけますか?」

自分ですると言う間もなく、ある一室に放り込まれた。
さっきいた部屋よりは小さな部屋で(とは言え、三部屋ぐらい続き間があったが)、装飾もどことなく雰囲気が違っていて、調度品からすれば客間のようだった。
それも結構なVIPの。

コンコン

しばらくしてノックの音がした時、フェイさんが戻ってきたのだとばかり思っていた俺は、戸口を見ずに入室を許可した。

それが間違いだとは思いもよらず…

カチャリとノブが回る音がして、部屋に入ってくる気配がした。
束の間の客室に呆けていた俺は、その時ある一点で視線を止めていた。
後ろの人物に構わず、じっくりとそれを見つめた。

絵だ。
油彩か、あるいはアクリルか。
ここからでは判断がつかないが、その淡い色使いが妙に印象深い人物画だった。
優しげな目元の、まだ幾分若い女性の肖像画。
何故か心惹かれて、食い入るように見つめていた。
家族だろうか。
親しげな雰囲気がそう思わせた。

絵に集中し過ぎていたせいで、部屋に入ってきた人物が背後に立ったのにも気付かなかった。


「やはり見違えるな」

俺のそう長くない毛がすっと先だけ梳かれて、絡めとられた。
俺の肩が思わずびくっとなる。

「なっ…!」

瞬時に振り向くと、そこにいたのはイーザさんではなくイーグルだった。
その碧眼を睨み付けるようにして後ずさった。
だが、すぐに腕を掴まれてそれも叶わなかった。
イーグルがまじまじと俺を上から下まで観察する。
さっきもそうだったけど、こいつは本当に整った顔をしてるから、ただ見られているだけで居たたまれない気持ちにさせる。
俺はたまらず顔を逸らした。

「ちゃんと見せて」

またそれも叶わずぐいと顎をつかまれて戻される。
痛くはないけど恥ずかしい。

「な、なんだよ」

だから顔が近いんだって。

「それって地声?」
「は?」

確かに俺の声は、すごく高いわけではないが普通の男の人よりかは高い。
ボーイソプラノっていうのかな。

「睫とかもつけてるわけじゃないよな」
「わっ、触んな!」

俺の抵抗も虚しく、奴はちょいちょい顔を触ってきた。

「腕も細いし、腰も…」

言って、俺の腰に手を回し、引き寄せる。

「ほら、細い」

だから触んなって
近すぎるだろ!

「顔だって…小さい」

くいっと顎に手をかけて持ち上げられると、ばっちりと目が合った。

どわぁ〜っ!!なんだよこの体勢はっ!!

「なっにすんだ!離せよっ!」

振り解こうともがくが、ビクともしない。

「しかも非力だしなぁ」



確信犯か!

 
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