アイリーン 第二章 -カイン-

Opening


早馬が小さな町にほど近い、森の中に駆け込んだ。
静まり返った中に現れた、突然の来訪者に驚いて、数羽の鳥たちが飛び立つ。
馬は速度を緩めながら森の奥へと進み、小さな池の畔まで来て、ゆっくりと止まった。
背に跨っていた主はさっと馬を降り、大股で池へと近付き、辺りを見渡した。

「遅かったな」

池のすぐ側の大杉から、一人の男が現れ、馬の主はにやりと笑った。

「我が従兄弟がようやく釣れたものでね」

大杉から出てきた男は、馬の主にゆっくりと目を向けた。
目つきが鋭いせいで、睨んでいるようにも見える。

「俺はアンタの従兄弟がどんなやつなのか知らないし、興味もない」
「本当にそうか?」

男の言葉にぴくっと眉が動く。
杉に突いた手を、いつの間にか堅く握りしめていた。

「君の大切な“兄君”を預かっていた男だぞ」

今度は本当に睨むように目を上げた。

「怖いな。そう睨むなよ」

冗談だろ、というように肩をすくめて見せた。
そんな男からふっと視線を逸らし、小さく舌打ちをした。

「お前には関係ない」
「冷たいねぇ。一緒に学んだ仲じゃないか」

その言葉を無視して、男は杉の裏へと回った。
そこにくくりつけてあった馬の手綱を解き、表に引いてくる。

「行くぞ。ロバート」

男を促し、馬を引いて池の側を離れた。

「カイン」

道が開けた辺りで、馬に手をかけていたところを呼び止められ、怪訝そうに振り向いた。

「俺の従兄弟は手強いぞ」

カインはまた小さく舌打ちをして、そのまま勢い良く馬に跨った。
その姿を見て、ロバートがにやりと笑った。

「仕方ないな」

ロバートも馬に跨ると、二人して馬を走らせた。
二頭の馬が主を乗せて去ってしまうと、小さな池はしんと静まり返った。

ぴちゃん

縁にあった草から、露が一滴流れ落ちる。
小さいながらも水に浮かぶ波紋。
その様は、何かこれからを物語るようでもあるのだった。



 
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