アイリーン 第二章 -カイン-
4.兄さんか姉さんか
2人は神妙な面持ちで、1人は無表情、1人は…得意顔である。
それぞれ様々な表情を浮かべて、向かい合って座っていた。
「ロバート、どういうつもりだ?」
カインが…・ロンメルに向かって尋ねた。
ロンメルは家の名前で、ロバートが名前なんだそうだ。
そりゃそうだよな。
こいつの父親もロンメルだったんだし。
「なんだ、会いたかったんだろう?」
カインがちっと小さく舌打ちをして、隣を睨んだ。
。
俺たちは今、喫茶店の4人がけの席に向かい合って座っている。通路側にロンメルとイーグルが座り、そのそれぞれ隣を俺とカインが向かいあって座っている。
怖くて隣が見られないが、イーグルが不機嫌なのは確かだと思う。
カインまで何でだか不機嫌だし…。
「何だ、久しぶりの再会なのに、感動が薄いぞ?」
この人は妙にハイテンションだし…。
俺はちらりと前を見やった。
カインはさっきから目を合わせようともしない。
自分の服に目を落とす。
アイボリーの無地のワンピースだ。
膝丈のスカートで、胸元にはギャザーがよっている。
スカートは足元がスースーするが、…3ヶ月ともなれば、もう大分慣れた。
時を経るに従って、短かった黒髪も、肩までルーズに伸びた。
外見だけは、大分“それ”らしくなったんじゃないだろうか。
ため息が出た。
そりゃ目も背けるわな。
兄だと思っていたやつが実は姉で、久しぶりに会ってみればすっかり女の格好をしているんだから。
カインからすれば、俺は逆に女に目覚めてしまった痛いヤツなんだろう。
中身がそれに伴っていないのが、何だか虚しさを掻き立てた。
また、知らずにため息が洩れる。
----------ギュッ
はっとして隣を見上げた。
イーグルがにっこり笑って微笑み返してくれる。
手は…机の下で握ったままだ。
無意識に握り返すと、ゆっくりと親指の腹で手の表面を撫でられた。
ほっと息を吐いた。
自然に頬が緩んで
「はい。いきなり目の前でイチャつかない」
我に返った。
慌ててぱっと手を離そうとするが…
離れない。
「少し2人きりにしてくれないか」
気のせいか、カインがさっきより不機嫌な顔で言った。
「わかった」
ロンメルが快く頷き、イーグルは渋々といった感じで無言で立ち上がる。
「外にいるから」
ぽんぽんと俺の頭を軽く撫でると、イーグルはロンメルに続いて店を出て行った。
カインとそれを見送りながら…いや、カインは2人を見てはいなかったけれど、それでも彼らが完全に外に出てしまうまで、お互い何も話さなかった。
つられて俺も黙り込む。
なかなかこれは気まずいぞ。
ちらりちらりと目をやるけれど、さっきから難しい顔をして黙ったままだ。
掘りの深い顔が…更に深く見える。
眉間がこうぎゅぎゅっと
「何見てるの」
「わっあ!ごめんなさい」
驚いて、変な声が出た。
乙女らしさはやはり外見だけだ。
ほら、カインも固まってるし…。
ぷっ
…………………なんだ?
カインは肩を震わして……笑ってる…?
「カイン?」
訝しげに覗き込むと、笑いをなんとか引っ込めようと、手を口元に当てた。
俺の知っている、優しげな目がまだ笑みをたたえていた。
「いや、ごめん。何でもないんだ」
ただ、と言って付け足す。
「変わってないなって」
………………それは中身が外見に伴ってないってことですかい?
俺が眉を寄せたのがわかったのか
「安心した」
と、カインが呟くように言った。
「ウィルが変わってなくて良かった」
「……やっぱりこの格好のせい?」
俺がちっちゃく聞き返すと、違うと首を振った。
「見たときは驚いたけど、別にそれを責めたりはしないよ。ウィルの自由なんだし…」
困ったように笑って、さっきイーグルがしたように俺の頭をポンポンと叩いた。
「たださ、俺の知ってるウィルがいなくなったのかと思って、不安になっただけ」
中と外の違いを気にしていたのは、どうやら俺の方だったらしい。
ほっと安堵の息を吐く。
「あいつのために、そんなに頑張ってるんだと思ったら、すごく嫌だったから」
あいつ……?
顔に出ていたのだろうか、またカインが困ったように笑った。
「さっき一緒にいたヤツのこと」
「イーグル?」
「わかんないけど、たぶんそいつ」
俺が名前を言うと、またおもしろくないという顔をして、ぷいと横を向いた。
「イーグルは俺が女なんじゃないかってことを教えてくれただけだよ。今の格好は一応自分の意志だし…。似合わない?」
ちらりと顔色を見るように問う。
「そんなことない。似合うよ」
そんな満面の笑みで言われたら、反対に恥ずかしくなってしまった。
「兄さんと呼びなさい」
いや、姉さんか?
カインがまたクスクスと笑った。
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