アイリーン 第二章 -カイン-
5.動揺
「話終わったの?」
俺たちが店を出ると、すぐ外に二人が待っていた。
俺が頷くと、イーグルが近寄ってきた。
「あのまま二人にされたらどうしようかと思った」
と、心底ほっとした顔をした。
余程一緒にいることが嫌らしい。
「これからどうする?一度家に戻ろうか」
そこで、ゆっくりと話し合いを。
イーグルはそう言いたいようだ。
俺はその意見に頷いた。
それを見て、カインが口を挟む。
「いや、俺はウィルを連れ戻しに来たんだ」
「え……?」
自分でもさあっと血の気が引くのがわかった。
(家に…あの家に、帰る?)
「やっぱりこのままオセロット家に世話になるわけにはいかない」
「……別に俺は構わないが…」
イーグルがちらりと俺を見て言った。
「いや、これ以上ここにいるわけにはいかない。ウィルは知らないことが多すぎる」
「…それも、ここで学べばいいことじゃないのか?」
二人の雰囲気が段々と険悪になる。
どこか対照的な二人は、どうやら意見が合わないらしい。
ぼんやりとそんなことを考えていた。
しばらく二人の押し問答が続いて、ロンメルが宥めて2人とも渋々口を噤んだ。
「兎に角、俺はウィルを連れて帰る」
カインが断言する。
帰る。
その言葉が、俺の心に重く響いた。
「いや…」
「ウィル……」
「……帰りたくない」
力無く首を振ると、カインが悲しそうな顔をした。
自分がそんな顔をさせているんだってわかってる。
だけど、……やっぱり無理だ。
トンっと背中が何かにあたった。
覚えのある手が俺の肩を優しく支えた。
見上げると、綺麗な蒼い目が心配そうにこちらを見ていた。
少しだけ冷静になれた。
「俺のわがままだってことはわかってる。だけど」
きちんと顔を上げてカインを見た。
「だけど、帰りたくないよ。せっかく家を出たんだ…」
またしゅんとしてしまった。
俺と目線を合わせるように、カインが少し屈んだ。
「…帰ろう?」
「でも」
「心配しなくていい。俺が守るから」
榛色の瞳が俺の目に映った。
小さい頃から、いつも庇われてばかりだった。
弟なのに、普段から俺よりしっかりしていた。
「ちゃんと守る」
カインはそう言っていつも守ってくれた。
知ってる。
カインが言うことは嘘じゃないって。
気付けば首を縦に振っていた。
気は進まないが、カインをここまで来させたのは俺だ。
俺が帰らなければ、カインは無駄足になるのだろう。
「明後日には発とうと思っているんだ」
カインが、俺が納得したのを見て言った。
いつの間に呼んだのか、俺たちの前に馬車が止まる。
無駄にでかいイーグルとカインでも、ゆったりと乗れる大きな馬車だった。
「あ、明後日…」
頭の上から体が冷えていく。
さあって音が、自分でも聞こえるんじゃないかと思った。
「そんな顔すんな。俺がちゃんと付いてるから」
カインが俺の額を小突いた。
そこから少しずつ感覚が戻っていく。
カインは昔から俺の気を紛らすのがうまい。
「親父には手を出させない。怖かったら、ずっと俺のそばにいればいい」
弟がすごく頼もしく感じた。
兄として…いや、姉として、すごく情けない。
俺のことをいつの間にか「兄さん」と呼ばなくなったのも、仕方のないことなのかもしれなかった。
…兄としての働きをしていないからな。
「……明後日のいつ発つんだ?」
さっきからずっと黙っていたイーグルが言った。
今、馬車の中には俺とカインとイーグルの三人しかいなかった。
ロンメルは寄るとこがあるとかで、とりあえず俺たちだけで先にオセロット家に向かうことになった。
カインたちは街の宿に泊まっているのだそうで、さっき出会った時はその宿から徒歩で来ていたらしい。
…ロンメルは何で来るんだろうか。
「…昼前には出発するつもりだ」
「早くないか?別に夕方でも」
「早い方がいい。ウィルも親父に会う前に心積もりがいるだろ」
こっちですれば、なんて言えなかった。
きっと夕方までいたら、行くのが怖くなって、逃げ出したくなる。
怖いのは今も変わりがないけど、朝のうちに連れて行かれたら、逃げ出すこともできない。
追い詰められなければ、俺はきっとあの家に帰ろうとはしないだろう。
「そうか……早いな」
ポツリとイーグルが呟いて、はっと我に返った。
俺があの家に帰るということは、オセロット家を出るということだ。
イーグルとさよならするということだ。
俺がずっとお世話になるわけにはいかない。
―イーグルと、このまま、別れる…?
ひどく空虚な気持ちになって、俺は隣の男を見た。
俺の動揺を知ってか知らずか、青い目はこちらを見ようともしなかった。
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