アイリーン 第二章 -カイン-

6.軟弱者の決断

 
空虚さはしばらくたっても消えなかった。



「本当に行くの?」

青い目をきちんと見据えたまま、俺は頷いた。

―あんなに嫌がってたくせに。

そう聞こえたのは、俺の気のせいかもしれない。
やっぱり、自分でもそう思うから。

「家に帰るのは怖いけど、やっぱりこのまま会わないわけにはいかないと思う」

自分で言っても顔が強ばっているのがわかる。
顔がひきつりそうだ。

「無理してるのは分かってるんだけどな……」

イーグルの手が俺の頬に伸びる。
指が優しくなぞるように触れた。
そのまますうっと目元を辿り、イーグルの大きな手が頬を包んだ。
俺の顔なんか簡単に覆っちゃう手に、ドキッとした。
自分とは違う男の人の手。
女性と言う意識の低い俺でも、こういう差を見せつけられると、自分が女なのだと思わずにはいられない。

「止めないよ。…止めたいけど、俺のためにも、アイリーンのためにも、行かせることが正しいんだろうな」

悲しげに揺れる瞳に、きゅんと胸が痛む。
強ばっていた顔が、イーグルの熱で解れる。
顔が熱い。
熱に浮かされたように、ふわふわとしてきた。
離れたくないって、思ってしまう。

「だからさ」

急に手を引いて、イーグルがにこりと笑んだ。
熱が引いたと同時に意識が少し覚醒し、悪戯っぽい笑みに何か違和感を感じた。
艶っぽい笑みを口に浮かべたまま、イーグルが再び口を開いた。

「だからさ、俺も付いて行くことにした」

あっさり爆弾を投下してくれる。

「そうすればほら、離れなくてすむでしょ?」

開いた口が塞がらないとはこういうことか。
その笑顔、眩しすぎるよ。
静かだと思ったら、そういうことだったのか。

「だ、だめ」
「なんで」
「だめったらだめ」

必死で首をぶんぶん振る。
いきなり俺が男を連れ帰ってみろ。
いや、ただの友人以上に意味があるというわけではない。
イーグルだって曖昧だし………じゃなくてだな。
とりあえず、何が起きるか保証できない。
父親のことは俺が一番よく分かっている。
俺に関することはどんなことでも怒鳴りつけないと気が済まない人だ。
イーグルにもし何かあったらたまらないよ。

「アイリーンがひどい目に合うかもしれないのに、何もしないでなんていられないよ」

いや、確実に何かされるだろうな。
殴られるか、監禁されるかわからないが、何もなかったらそれこそ奇跡だ。
うわ、イーグルの反応も怖いや。
最近の過保護っぷりときたら、何も知らない人だったら確実に引くだろうから。
いや、知っていても引くだろうな。

「とにかく、だめったらだめ」
「いやだ。無理にでもついて行く」


これからこの押し問答は、一時間近く続いた。


 
 
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