アイリーン 第二章 -カイン-

7.旅は道連れ

 
少ない荷物を小さなトランクに詰める俺の横で、カインとイーグルが向かい合うようにソファに座っている。
二人とも腕を組んでいて、カインなんかやたら難しい顔をしている。

「で、結局、あんたはついて来るって言うんだな」
「そうだ」

イーグルが少し余裕のある顔で頷いた。
もう本人の中では決まったことのようで、どれだけ言っても、頑なに受け付けようとはしなかった。

カインが深いため息を吐いた。
顔には疲労の色さえ見える。
イーグルの頑固さに閉口しているようだ。

「君たちには迷惑をかけない。宿も別にとるし、俺については一切気遣いもいらない」

“君たち”の中に俺は入っているのだろうか。
…そもそも、その中に俺のことが含まれるなら、「付いていく」とは言わないはずだ。

「そっち側に用事がないわけでもないんだ」
「……じゃあ付いてくるのは、その用事のついでだと?」
「いや、別件だ」

キッパリと言い切るイーグルに、カインはまた深いため息を吐く。
カインの疲労は心配なくらいだが、俺としては今の話を聞いてほっとしたくらいだ。
別に宿をとるなら、イーグルが俺たちの父親と接触をすることも避けられる。
イーグルが傷つかなくて済むなら……イーグルがそばにいること自体は嫌じゃない。
むしろ喜んでいる自分がいて、驚いていた。

…やっぱり、俺はイーグルと離れたくないのだろうか。

「…アイリーン?」

はっとして顔を上げると、ソファに座っていたイーグルが、心配そうに覗き込んでいた。
その向かいでは、カインもこちらを見ている。

「べ、別になんでもない」

急に気恥ずかしくなって、二人から顔を逸らした。

「熱は…ないな」

すっと本当に自然な動作で、イーグルが俺の額に手をやった。
俺によく触れてくる、あの安心する大きな手。
ヒンヤリとして、少し火照った顔に気持ちいい。
思わず目を閉じそうになって、

「おい」

ぱっと顔を離した。
カインの不機嫌な顔が、イーグルを思いっきり睨んでいた。
まだ支度の段階だと言うのに、二人の仲は見るからに悪い。

ああ、幸先不安だ。


それから、本格的に旅の準備を始めた。
俺のいた町はクイディアを南に下り、チノの森を抜けた先にあるカンカルという小さな町だ。
割と距離がある上に、チノの森は足場も悪い。
道中は馬を調達した。
と言っても、馬を持ってなかったのは俺だけだったが。

実は俺は乗馬が得意だ。

これでも一応男として育てられたわけだし、貧乏でもちゃんとした家柄の出なわけだから、馬に乗れることは必須事項だった。
唯一乗馬の訓練の時だけ堂々と外に出ることを許されていた。

それに幼い頃から動物は好きだった。
数少ない友だちだったし…。
なんだか暗い子だな。

俺が馬に乗れると知って、イーグルは残念がった。

「せっかく横抱きにして、俺の前に乗せようと思ってたのに…」
「結構です」
「させるか」

カインと声がかぶって、少々グダグダになったが、イーグルは見事聞き取ったようだ。

「なんで。馬上で愛する乙女を腕の中に閉じ込めると言うのは、男のロマンじゃないか」

そんなロマン聞いたことないぞ。
ほら、カインだってドン引きだ。
あ、俺はちょい引きくらいだぞ?
きっと、この男が毎日俺に何言ってるか知らないからだな。
俺はもう免疫が出来ているからな。
ちょっとやそっとじゃ引きません。
さすがにそのロマンはマニアックすぎたけど。

「だから疲れたらいつでも言うんだよ」
「はいはい」
「絶対させない」

カインがやけにむきになっている。
相手にしていたらキリがないのにな。
カインは真面目だからなぁ…。

「…俺が案内するから、あんたは最後尾について来るといい」

カインが馬に跨りながらそう言った。
イーグルも跨りながらわかったと頷いた。
俺も慌てて二人に倣う。

「はい、アイリーン。お先にどうぞ」

まだ馴れていない俺の馬を、横から軽く手綱を絞めてそのまま俺に寄越した。

「ありがとう」

それを受け取って、少し前にいるカインに続く。
そう、馬は最初が難しいんだよな。
馬は落ち着いたようですんなり従ってくれるようになったので、それからは苦労しなかった。

 


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