アイリーン 第二章 -カイン-
8.ダブル過保護
道中は楽しかった。
久しぶりに馬に乗ることも楽しかったし、何より、連れの二人が割と仲良くしてくれたのがうれしかった。
本当は、性格が正反対の二人だから、合わないんじゃないかって心配だった。
それにカインは超が付くほどの過保護だし、イーグルが俺にべったりなのをあまり快く思わないだろうと考えていたから。
でも、そんな心配も杞憂に終わり、意外にもうまくいっている。
まずイーグルが全然ベタベタしてこない。
会話が多いわけじゃないけど、それでもケンカの心配がなくて俺はにっこにこだった。
少なくとも前半は。
「どうしたの」
イーグルが心配そうに覗き込んでくる。
隣にカインも馬を並べてくる。
それはそうだろう。
明らかに俺の顔色が悪いのが、自分でもわかるくらいなのだから。
「だいじょぶ」
全くもって大丈夫などではないが、二人の手前、ここで弱音を吐くと、ダメになるのはわかっていた。
過保護な二人は俺を甘やかして、これ以上前に進めなくなる。
「全然そう見えない」
カインがしかめっ面をしてこっちを見ている。
「顔色も悪すぎるよ」
イーグルなんて叱られた犬みたいに情けない顔になっている。
「「少し休もう」」
このダブル過保護め。
「……………」
「ほら、馬を降りて」
「…………はい」
悔しいが、どうも実家に近付くにつれ気分が悪くなっていることは否めない。
親父の怒鳴り声とか、嫌な思い出がふとした拍子にフラッシュバックして、気分が滅入ってくる。
帰りたくないと、体全体が拒否反応を示している。
「やっぱり俺の馬に乗った方が…」
「だめだ。あんたの馬に乗せるくらいなら、僕の方に乗せる」
……保護者会議が始まったよ。
俺としてはどちらでもいいんだけど、確かにもう乗馬を楽しむ気分ではない。
でも二人乗りって馬にも負担がかかるからな。
「やっぱりまだ一人でも乗れるよ」
なんとか二人に笑い返す。
すると逆に呆れた顔をされた。
「まったく……。アイリーンは甘えるのが下手だな」
「後で倒れても知らないぞ」
おっと。
今度は連携しだしたぞ。
ママとパパ気取りか。
まじで保護者か。
じゃあカインが頑固親父でイーグルが女々しいからママだな。
…シャレにならないぞ。
俺は盛大にため息をついて、一人馬へと向かった。
馬を見ると、なんだかこいつまでしんどそうに見えた。
俺のことを心配してくれているのか。
…それはさすがに気のせいか。
「お前まで嫌な思いさせてるんだもんな」
気持ちは伝わるって言うしな。
もしかすると、俺の吐き気まで伝わっているかもしれない。
申し訳ないなぁ。
「ごめんね、アシュレイ」
そっと鬣を撫でてやる。
するとアシュレイは甘えるように顔をすり寄せてきて
「アシュレイ…。名前なんていつつけたんだ」
「アシュレイより俺に甘えなさい」
名前は必要だろ。
この過保護チャンズめ。
「ママとパパは黙ってて」
「なんだそれは」
「どっちがパパ?」
見事に性格が出てる返答ぶりだな。
こんな2人がそばにいてくれて心強いよ。
困惑顔の2人を眺めていたら、急におかしさが込み上げてきた。
ふっと気が緩まる。
「何を笑ってるんだ」
困ったな。
本当のことを言ったら怒るだろうしな。
「大丈夫?」
ついに心配されちゃったよ。
おかしくなったと思うしかないよな。
「大丈夫」
せっかく満面の笑みを浮かべて見せたのに、まだ2人とも半信半疑だ。
でも本気で、先に進める気がするんだ。
この2人と一緒なら。
「行こう」
笑いを収めて、俺はアシュレイの手綱をひいた。
「ほら、早く。俺の気が変わる前に」
この楽しい気分が続く間に。
親父に再び怖じ気づく前に。
早く、早くと二人を急かす。
今度こそにっこり笑うと、なんとか先に進む気になったようだ。
そのままそれぞれ馬の背に跨る。
「チノの森を越えれば、もうすぐそこがカンカルの町だ」
その森さえ、出口がずいぶん近くに迫っている。
大丈夫と言うように、俺はカインに頷き返した。
緊張がないわけじゃない。
恐怖心だってある。
でも、心の準備はある程度できたよ。
あとは…
「行こうか」
2人がいればなんとかなるよ。
過保護だけど、この強い味方がいれば…。
前を向いて手綱を引くと、俺たちは再び走り出した。
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