アイリーン 第二章 -カイン-

9.対面

森を抜けると、すぐに屋敷が見えた。
一応格式のある家だとは言え、なにしろ貧乏なので、敷地はそんなに広くない。
俺の願いも虚しくすぐに門にたどり着いてしまった。

どんなに気持ちは後ろ向きでも、今度ばかりはアシュレイも足を止めてはくれなかった。
わざとか。
わざとなのか。
さっきはあんなに愛しく思えたこの馬も、今や逆恨みまでに憎たらしい。
可愛さ余って憎さ百倍。
昔の人はうまく言ったもんだな。
悶々と馬に八つ当たりの念をぶつけているうちに、屋敷の前まで来る。

「馬を厩舎に入れよう」

俺たちが馬を降りると、来客に気付いた老齢の使用人が、手綱を引いて向こう側に連れて行く。
昔からいる爺さんで、無口な人だが馬の面倒見はいい。
アシュレイの栗毛の尻尾を見送って、俺は再び屋敷に視線を戻した。

「ベムじいさんしか外の使用人はいなくなったんだ」

カインがポツリと言った。

「奉公人を全て合わせてももう3人しかいないよ」

俺がここを出た時は、5人だった。
いよいよグレイ家は傾いてきているらしい。

「兄さんたちは?」
「相変わらずさ。上の兄貴は才がないし、セイルは毎日遊び回ってる」

一番能のあるカインはまだ学生の身分だ。
しかも末子じゃ家を引き継ぐことも難しい。

「…父さんと義母さんは?」
「それも」

カインは自嘲気味に笑って、吐き捨てるように呟いた。

「それも、相変わらずさ」

カインが正面の扉を押すと、ギィと重苦しい音を立てて軋んだ。
俺たちはカインの後に続いて中に入った。


「お帰りなさいませ」

中に入ってすぐの玄関で、中年の女性が迎えてくれた。
昔から屋敷の掃除をしてくれているお手伝いさんで、ふっくらした体付きの愛嬌のあるおばさんだ。

「ただいま、メーシャ」

カインがコートを手渡しながら言った。

「ウィルさまもお帰りなさいませ」
「あ、ありがとう」

少ないながらも持ってきていた荷物を彼女に渡した。
メーシャは親父の目を気にしながらも、俺にはなかなかに優しかった。
何しろ俺をちゃんとこの家の息子として扱ってくれる。
…本当は娘だけど。

「お客さまですか?」

メーシャがイーグルに目を向けた。
「ああ」とカインが短く答える。

なんだ?
仲良くなったんじゃなかったのか?

「俺がこの3ヶ月間お世話になっていた家の人だよ」

俺の紹介に何が不満なのか、イーグルは一瞬眉を寄せて俺を見た。

「オセロット家のイーグルと言います。アイリーンとは夜を供にした仲です」
「なっ」
「勝手に俺の部屋に入ってきただけだろ」

カインがギラリと睨んでいて怖い。
ほんと、仲良くしてくれないかなぁ…。
イーグルも、わざとカインの神経を逆撫でするようなことを言ってくる。

「今度そんなことをしたらただじゃおかないからな」

カインは本気で怒り出しそうだ。
勝手にベッドまで潜り込んできたのは言わないでおこう。

「だって事実だから」
「黙ってろ変態」

怖い。
メーシャも目をぱちくりしている。
そうやって2人のじゃれあいを眺めていた俺は、奥の扉が開くのを目の端で捉えた。

ついそこに視線が向かってしまう。
そして、反射的に固まってしまった。
俺の視線に気付いて、メーシャが慌てて頭を下げた。
カインとイーグルが続いて視線を向けた。

「父さん……」

カインが呟いたのか、俺が言ったのか…その時の俺にはそれすら考えることができなかった。

「よく帰ったな」

言葉とは裏腹に蔑むような声。
俺の背中に戦慄が走った。



 
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