アイリーン 第二章 -カイン-

10.爆弾発言

 
ちらりと俺に心配する視線がそそがれたのがわかったけれど、それに反応する余裕はなかった。

「久しぶりに帰ってきて、挨拶の一言もなしか?」

ぞくりとするほど冷たい目。
親父は俺が出て行く前と、何ら変わりがない。
いや、少し白髪が増えたかな…。

「はじめまして」

俺の隣で声がして、はっと正気に戻った。

「あんたは…?」

不審な目が、俺の隣に移った。
忘れてた。
こいつの存在…。

「紹介がないようなので、失礼ながら自分でさせていただきます。オセロット家の当主、イーグル・オセロットといいます」

それから俺をちらりと見て、優しく微笑んだ。

「ウィルさんには大変お世話になりまして…」

いや、俺の方がお世話になったんだけど。

「おかげで、ある事件が解決いたしましてね。こうしてお礼に参ったわけなんです」
「ほう、息子が何をしたのですかな」

イーグルは手短に麻薬売買が商人の中ではやっていたことを話した。

「無事犯人も捕まりました」

イーグルはにこりと愛想よく笑って、親父を見た。


「素晴らしい“お嬢さん”ですね」


ぴくりと親父のこめかみが震えた。

誰も何も言わなかった。
それが俺にはとてつもなく長い時間に感じた。
実際はほんの数秒ほどだろうけど…。

「……我が家には息子しかいないはずですがね」

低い親父の声。
聞き覚えのある、怒気の溜まった声。
空気に電気が走ったみたいだ。

「そうですか?そうおっしゃるにはずいぶんと無理があるように思うのですけどね」

イーグルはそれを知ってか知らずか、怯む気配は全くない。

「…それは息子が、言ったのですかな……」
「いえ。聞かなくてもすぐにわかりましたよ」

青ざめた俺に安心させるかのように微笑んで、そっと俺の背中に腕を回した。
暖かい体温に、震えていたのが少しおさまった。

「それに、彼女の名前は女性のものですよね。実はわかってらっしゃるんじゃ…」
「これは我が家の問題です!首を突っ込まないでいただきたい」

今度こそ怒りを隠しもしないで、親父がピシャリと遮った。
肩がびくりと跳ね、それに気付いたイーグルが、宥めるように背中を撫でた。
どうしてこんなにも余裕なんだ。
その綽々ぶりが憎くもなる。

「関係は大ありですよ」

イーグルは顔に笑みを浮かべて、そう言い放った。
親父の目がぎらりと光る。

「ほう、それはどんな…」

背中に添えられた手が、僅かにぴくりと震えた。

「彼女を恋人に…ゆくゆくは妻にしたいからです」

イーグルはとんでもない爆弾を投下する。
時には、本人の意思さえ関係なしに…。



 
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