アイリーン 第二章 -カイン-

18.揺れる瞳

 
「考えたのか?」

カインがゆっくりと部屋の中に入ってきた。
ここはカインの部屋だから、主が戻ってくるのは当たり前なんだが…
考えごとしていたせいか、ここがどこだかも忘れていた。
だから、驚いて一瞬頭が真っ白になった。

「ウィル?」

怪訝そうに眉をひそめた弟に、はっと我に返った。

「え、なに?」

聞いてなかったのかと言うように、ひそめた眉をさらにひそめる。
眉間の皺が、二本から三本になった。

「このままここにいたくはないんだろ?」

さすが弟。
いや、その前にカインだから、か。

「…ん……」

必死に泣きそうになるのを耐えた。
兄の威厳、いや、姉の威厳だ。
弟の前でめそめそしているわけにもいかない。

「なんて顔してんの」

ふと笑われて、小さい子にするように、ぽんぽんと頭を撫でられた。
…威厳もあったもんじゃない。
抵抗するためにふるふると首を横に振る。
カインの手が自然と払われ、宙にさ迷う。

「いたくない、けどでもっ」
「“俺のために”とか言わないよね?」

ふと目を上げると、そこには苦しげに歪んだ顔。

「ちがっ、自分のためだよっ…」

そう。
自分のため。
カインに迷惑をかけたくないのも、オセロット家に関わりたくないのも。
全部自分のため。
良い子ぶってるとかそんなつもりもないのに、結局は自分が可愛くて保身に入ってる。
嫌われたくない。

「俺が嫌なんだよ!もう、誰にも面倒なんてかけたくないっ」

必死に叫んだ。
叫んで、前を見てられなくなって、ぎゅっと固く目を閉じた。
叫んだ声は情けないほど頼りなく響いて、それに更に悲しくなる。
どう思われようが、もう言ってしまった。
臆病な俺は、そのあとを待つ勇気もなく、視界を遮ったのだ。

「面倒…?」

静かに響く声に、びくりとした。
抑揚の無い声にひどく怖くなって、強く瞑った目をさらにぎゅっと絞った。

ふわり。

気付けば俺は、硬い胸に抱きしめられていた。

「面倒なんて、いくらでもかけて」

強く、強く腕に力がこもる。

「お前が思う面倒なら、俺には何の苦にもならないから」

近くなったせいで、すぐそばに声が聞こえる。
熱い息遣いや、必死な声。
痛いくらいの抱擁。

「俺では頼りにならない?俺ではだめ?」

泣きそうなほどの懇願が、俺の弱い心に染み入る。
俺が泣きそうなはずなのに、心なしかカインの声が震えている気がして、泣きそうなのは彼の方じゃないのかと錯覚しそうになる。
その実、カインは泣いてなどいない。

「どうして。俺にはそんな価値なんてない」

弱い俺。
カインの優しさに、このままでは付け込んでしまうだけなのに。

「大切だから」

泣いてなどいないのに、カインの声はどこまでも俺に縋るように響く。
俺に理解しろと突きつけるようにどこまでも迫る。
顔を上げた先には、濃いヘーゼルの瞳が俺を映していた。

「ただ一人の、俺の大切な人だから」

ぐらりと揺れるセピアの世界に、独り震える自分自身を見た。



 

Copyright (c) 2008 Tasuku Yuki All rights reserved.
  inserted by FC2 system