アイリーン 第二章 -カイン-

幕間

 
マルセロ通り33番地。
フィメーリア亭。

フィメーリアとはこの地方に多く繁殖する、小さな花で、煎じて飲むと癒しの効果があることが知られている花だ。
『癒される、そんな宿にしたい』
安易なネーミングだと思ったが、利用してみればそれがなかなか悪くない。
だけど…だけど、癒してくれはしない。



「ここにいられるのもあと一週間ほどか―…」

宿に届いた、自分宛の書簡を見て、イーグルは大きくため息をついた。
いや、この文面から察するに、そう長くも屋敷を空けることはできない。

(もって、あと3日か…)

窓の外を見つめるが、目的の場所は見えない。
立ち並ぶ家々の屋根が連なっているだけだ。
往来に目をやってもそうだ。
…求める姿は見えない。

(おかしくなりそうだ―……)

あんな言葉を言わせたのは自分で、謙虚すぎるほどの彼女が、それに心を痛めたであろうこともすぐにわかった。
そこまで言わせたからには、あそこにあれ以上いられなかった。

(大丈夫だろうか…)

放っておくと、すぐに食事さえも忘れてしまう彼女。
自分の痛みにひどく鈍感で、転んで擦り剥いても、平気な顔で手当て一つしようとしなかった。
父親に怯えていたのはわかっていたのに…
自分が何としてでも守ってやりたくて、強引な言い方をしてしまった。

それが今はどうだろう…。
あんなに近付いていた距離が、ぐんと遠くなってしまった。
愛しいのに、触れることすら叶わない。
いや、目にすることさえ、叶っていやしないじゃないか―…。
もう、自分は必要ないのだろうか…。
思わず、自嘲気味に考える。

「どうすれば―…」

どうすれば、君に会えるだろうか。
優しく触れて、その華奢な体を抱きしめたい。

愛しいんだ―…。
狂おしいほどに、何度も願う。

俺を見つめて。
俺を求めて。
俺を愛して。

それが、エゴだとわかっていても……






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