アイリーン 第一章 -リッカルード-

4.間違ってる?

 

俺はえらく縮こまっていた。

今すぐにでもここから逃げたい気分だが、チキンな俺にはそんなこともできそうにない。
目の前のブロンド美人はなんだかえらくご立腹で、青い無駄にキラキラした瞳を、今は痛いほどギラギラさせている。
冗談じゃなく視線が突き刺さって痛い。

「…………」

しかもさっきからうんともすんとも言わない。
殺人光線だけをビシバシ送ってくる。
なんてタチの悪い…。

「ウィル、俺に何か言うことはない?」
「うん」
「うんってなんだ」
「すん」

俺がうんとかすんとか言っても仕様がないと思いつつ、ビビりながら答えた。
のに、イーグルは突っ込みさえせず溜め息を吐く。

「ラトレアから逃げ出して来たのはなぜ?」
「…………」

そんなの一番答えにくい。
イーグルはまた溜め息を吐いた。

「じゃあ質問を変えるけど、なんでラトレアに潜入してた?」

先程のフェイさんの言い方からすると、イーグルはだいたい知っているはずなので黙っていても仕方ないだろう。
そう思って俺は口を開いた。

「…ある人に頼まれて、ラトレアの秘密を探っていたんだ」
「その秘密とは?」
「わからない。まだ探り当てる前に捕まりそうになったから逃げてきた」

これは事実だ。
紛れもない事実だからこそ、俺はシュンとした。
こんなかっこ悪い話ってないよ。

「何もつかめなかったのか?」

俺は首を横に振った。

「いや、ラトレア家の別荘の地下に何かがあるということまではわかった。でも…」
「その何かがわからない?」

コクンと頷くしかなかった。

「ウィル、どうやってラトレアに潜入したんだ?」
「…小姓に変装して忍び込んだ。ラトレアには小姓がたくさんいるからバレないと思ったんだ。なのによりにもよって…」
「ラトレアの当主に見つかったのか?」

俺はびくっとした。
小さく首を横に振る。

「…その息子」

ちっとイーグルが舌打ちする。

「リッカルード・ラトレアか」

コクンと頷く。
俺を見るイーグルの視線が更にきつくなっていることに、そのときの俺は気付いていなかった。

「何されたんだ?」
「べ、別に何かされたわけじゃ…」
「ほんとに?」

なんだかわからないけどすっごく怖い。
被害者は俺なのに…

「……ただ押し倒されただけ…で…」

呟くように言っていた声が更に小さくなる。
イーグルの顔が怖い。

「それで?何言われた?」
「………ずっとここにいろって。…飼ってやるって言われた」

人を家畜かなんかだと思ってやがるんだ。
その時はすっごくむかついた。

でも…

「それで…?」
「……………」
「ウィル?」

俺は恐々口を開いた。
思い出すだけでぞっとする。

「…なんか…いろいろ触られて、すっごい嫌だった…」

もう泣きそうだ。
俺、男なのに…セクハラだ。
セクシャルハラスメントだ。

なんでイーグルにペラペラしゃべっちゃってるんだろう。
ガタンと席を立つ音がして、またびくっとした。
イーグルが俺に近付いてくる。

「なんでリッカルードにそんなことされたかわかってる?」
「へ…?」
「なんで押し倒されてセクハラされたと思う?」

謎かけか?

「…リッカが変態だから?」

精一杯考えたのに、失礼にも大きな溜め息をつかれた。
間違ってるのか?
だって、男に手を出すって、「そっち系」ってことだろう?

「何でそうなるの。しかも“リッカ”って何」
「だ、だって本人がそう呼べって…」

整いすぎた顔だけに、怒った顔が相当怖い。
なんで怒られてるかわからないまま、おれはただ怯えていた。

「…それで?本気で言ってるのか?」

変態だってことを?
違うのか?

「な、なんだよ。俺が悪いのか?」

確かに昔から言い寄られる気はあったけど。

…男に。

「ほんとに自分が男だって思ってる?」
「は?」


開いた口が塞がらないというのはこういうことなんだなぁと、停止しかけた思考の隅で思った。

 


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