アイリーン 第二章 -カイン-
20.溢れる感情
優しく、何度も口付けが繰り返される。
啄ばむように、何度も何度も向きを変えて優しく落ちてくる。
“会えなかった”、その気持ちを確かめるように何度も何度も…。
ここを、ただの路地裏に過ぎないと言うことも忘れていた。
「会いたかった…」
そうイーグルがため息とともに零すと、わけもなくふるりと体が震えた。
胸がキュッと締め付けられる思いがして、縋るような気持ちで目の前のその青い瞳を見上げる。
イーグルは俺を見てどこか苦しそうに眉を潜めた後、じっと見つめ続ける俺にその表情を少しだけ綻ばせて微笑んでくれた。
笑む中にやはりどこか憂いがあって、それが尚一層その色香を引き立てる。
熱を孕んだ瞳は普段涼しげなコバルトなのに、今は奥底の知れぬインディゴだ。
その瞳に吸い込まれそうな感覚を覚え、目を閉じると再びキスが降ってくる。
ずっと繰り返される口付けに、呼吸の仕方を忘れて苦しくなる。
苦しくて緩んだ唇に、暖かいものが滑り込んできた。
「ん、…ふぁ」
漏れ出た声に羞恥心こみ上げ胸に手を当てて押し返そうとしたのに、逆に服をつかんで縋るような形になってしまった。
熱い舌が俺の口中を這い回る。
奥に引っ込もうとする俺の舌を捉え絡めて逃してはくれない。
本当に、おかしくなりそうだ。
熱が徐々に上がり、次第に激しくなる。
どちらのものかもわからぬ唾液が口の端から洩れ、それに感ける暇の無いほど翻弄される。
先程から酸素不足の続く俺は、何も考えられなくなっていた。
ただただこの熱い熱を受け止め、苦しいこの気持ちを晴らそうと必死に縋る。
会いたかった、ただその気持ちをぶつけるように。
「んっ、…っつ!た、ぁ」
不意に痛みが走って、思わず声を上げていた。
イーグルがそんな俺に気付いて慌てて顔を離す。
必死にしがみついていた手は、無意識にイーグルの手を遮るように下がっていた。
イーグルは一つの腕で俺の腹部から抱えるように回している。
そんな彼が訝しげに何事かを小さく呟きながらそうっと腕をはずす。
「つ、ぅ」
先ほどとは異なって、痛みから瞳に雫が溢れる。
イーグルが窺うようにそっとその部分をさすると、鈍い痛みが走って思わず顔を曇らせた。
抑えようとする手をもう一方で制され、イーグルはゆっくりと俺の服の裾を捲り上げた。
「父親…?」
変色し始めていた痣を見て、イーグルが今まで聴いたことのないような低い声でそう言った。
硬いその声に憤りのようなものを感じる。
反射的に身を強張らせると、イーグルは宥めるように指の腹で肩をなぞり、今度は軽く全身を触れていく。
「ぁ、…った」
触れられたいくつかの部分で俺は大なり小なり痛みに声を上げた。
腿、肘、背中、頭部に至るまで隈なくチェックされた。
最後に口の端をすっと親指でなぞられ、チクリとした痛みに顔を歪めた。
「我慢した俺が馬鹿だったよ」
先程より露になった怒りを隠そうともせず、イーグルは先程より低い声で言った。
だけど不安に見上げた俺を言葉とは裏腹に優し助け起こして、俺たちはさっさとその路地裏を出て行った。
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