アイリーン 第二章 -カイン-

22.伝えること

 
イーグルは名残惜し気に体を離し、最後に髪を梳いて、ちゅっと髪の先にキスをした。

「髪、伸びたな」

もう今は背中にかかる俺の黒髪。
ちょっと癖毛で緩くウェーブを描いている髪は、曲がりながらも肩を越して肩甲骨の辺りまで伸びた。
伸びた長さがそのまま時の流れを示していると思うと、どこかしら感慨深いものがある。

イーグルに出会って、もう半年近く経つ。
もうそんなに経つのかと思う反面、もっと長く一緒にいるような気もする。

「早いな。初めて見た時はもっと短かったのに」
「…そう?切ろうかな」

似合わないかとそう零せば、違うと言われた。

「もう半年になるんだって実感しただけ。似合ってるんだから、切らないで」

同じようなことを考えていたようで嬉しくなる。
イーグルはいつもほしい言葉をくれる。
そのままイーグルを見ると、唸るようにして口元を隠し、顔を背けた。

「……やばいから、早く出よう」

なにがヤバいんだ。
もしかして、何かやらかしてしまっただろうか。
変な顔でもしてた?
顔を背けたくなるくらいひどい顔って…

さっさと部屋を出て行ってしまうイーグルを、わたわたと慌てて追いかけた。




* * * * * * * ** 



「またいつでもおいでなさいな」

陽気な宿の女将さんに見送られ、二人で宿を出た。
着の身着のまま宿生活を過ごしていたらしく、イーグルの荷物は鞄一つくらいしかなかった。
あれだけ豪華な屋敷に住んでいるんだから、結構な物持ちだと思っていたのだけれどそうではないのだろうか。

「…一度、屋敷には戻らないと」

あまり気の進まない俺を、逆にイーグルが諭す。
一緒に行くからと繋いでくれる手がなければ、今すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
…だめだな、ちゃんと向き合おうって決めたはずなのに。
父さんがいるかはわからないが、このまま黙って出て行っても、以前と何も変わらないのは俺にだってわかっていた。
カインにこれ以上迷惑をかけるわけにもいかない。
屋敷に近づくたび、俺の気持ちはやはり重くなる。
父さん、兄さん、どちらも俺にとっては嬉しくない相手だ。
特に兄さんはどちらも信用できないことが分かった今、余計に俺の気は重くなるばかりだった。
カイン…カインだけは、俺は裏切れない。
言葉だけじゃなりないほどの、恩がある。
いつだって助けてくれた、大事な弟。

『俺じゃ頼りにならない?』

あの時のカインの言葉が、頭の中でリフレインしている。
正直、頭を冷やそうと飛び出したままで、まだ気持ちの整理もできていない。
でも…

『俺じゃだめ?』

心の奥底では、とっくに決まっていた。
この答えが良いかどうかなんてわからない。
もちろんある程度の覚悟はあるけれど、それでも今まで俺の全てに近かった人を失うのは怖い。
本当に…今までの俺にはカインだけが俺の味方で、大事な人だった。
今も大事な人には変わりない。
だけど、

「アイリーン」

青い瞳が優しく俺に笑いかける。

『俺じゃだめ?』

だめなんかじゃない。
でも、何かが違うんだ。

「行こう」

ちゃんと話せるとは思えないけど、でも、カインに伝えたいことがある。
カインが俺に向き合ってくれたように、俺もカインに向き合いたい。

大事な、人だから。



 
 
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