アイリーン 第二章 -カイン-

23.一緒に


屋敷の門をくぐると、兄や親父に見つからないよう、そのままカインの部屋を目指した。
しばらくその周囲の部屋をねぐらにしていたせいで、誰にも見つからずに済む方法を、俺は知っていた。

「俺も行く」
「大丈夫だから、ここで待ってて」

渋るイーグルを宥め、一人カインのいる部屋を目指す。
カインには、きちんと向き合っておかないと…。
そのためにも、イーグルを連れて行くわけにはいかない。

書斎の窓から中に入り、隣のカインの部屋をノックする。
「はい」と返事を確かめると、誰かに見つからないようにすぐに中に入って、後ろ手にドアを閉めた。

「ウィル…」

入ってきた俺を見て、些か驚いたように目を見張り、真剣な顔をしているだろう俺に気付き、カインも顔を引き締めた。

「…考えたってこと?」

カインは鋭い。
昔っから、俺の考えていることは何でも言い当てていた。
カインだけには、何を我慢しようとも、よく見破られていたことを思い出す。

「うん…。ちゃんと話そうと思って」

言い難いけれど、きちんと話そうと思っていたのに、近付いていくと手で制された。

「なんとなく、ウィルの言いたいことがわかるんだ。昔から、そう」

苦笑気味で、俺を見る。

「一番に気付いてやりたいから、正しく汲み取ってやれると、俺も嬉しかった」

知ってる。
カインがどれだけ俺を気にしていてくれたか。
この屋敷で、俺にこんなに気を配ってくれるのは、カインしかいない。
俺の言いたいことをわかってくれるのも、いつもカインだけだった。

「それが今はこんなにも苦しい」

カインが、俺の意思を汲み取って、こんなに顔を歪ませるのは初めてだ。
俺はいつだって、カインの役に立つことは出来ない。

「カイ…」
「出て行くんだろ?あいつと…」

あいつが誰を指すかなんて、言わなくてもわかることだ。
俺の傍には、今はカイン意外には一人しかいない。

「カイン、俺は」
「俺はウィルの幸せを願ってる」

カインは苦しそうに顔を歪ませたまま、俺を制した手で、顔を覆った。
言葉を挟む隙を与えず、そのまま話し続ける。

「でも、今回ばかりは聞き入れてやれない」

急に反対側の手で、俺を引き寄せた。
自ら近付いていた俺は、あっさりとカインの腕に囚われる。

「あいつに渡したくない」

カイン…。
声を上げようにも、きつく抱き締められて、それすらままならない。

「ずっと、ずっと見てきたんだ」

ガチャリとドアが俺の背後で開いた。
ふと緩んだ手に、少し体を離してカインを見上げる。

「アンタには渡さない」

俺を通り越して、カインが扉のほうを睨んでいる。
ゆっくりと振り向くとそこには、置いてきたはずのイーグルがいる。
待ちきれずに来てしまったのだろうか。

「イーグル…」

イーグルの目は睨むというよりも、どこか冷めた目だった。
初めて会ったとき、こんな目をしていたような気がすると、頭の端で思った。

「渡さない」

カインが繰り返し、そう言った。
先ほどよりも小さな声で、まるで俺に言い聞かせるようだった。

「アイリーンが決めることだ」

僅かに、青い瞳に熱がこもる。
それを見てか、言葉にか、どくんと心臓が跳ねる。

「カイン」

俺が呼ぶと、カインはぴくりと肩を震わせたが、振り向く様子はない。

「ウィルにとっていい環境じゃないのはわかってる。ここにいると辛いことも、親父や兄貴がどんな目でウィルを見てるかも…」

俺を抱いていた手を解き、カインは拳をぎゅっと握り締めた。
同時に俯いてしまった顔を、覗き込むがよく見えない。

「でも、俺にもウィルが必要なんだ…」

泣きそうな声に、はっと息を呑む。

「我が侭でも構わない。なくしたくないんだ。…どんなことがあっても、絶対俺が守るから」

“離れたくない”

俺がイーグルに言った言葉だ。
寂しくて、苦しくて、欲しかったもの。
人の温かみ。
俺にそれをくれたのは、イーグルだ。

「傍にいたい。…いてほしい」

そう願う気持ちが、痛いほどわかる。
俺がイーグルを必要としたように、カインも俺が必要?
俺がいないことで、カインが苦しむの?

「ごめん」

カインがこちらを見てすぐに、耐えるように目を瞑って下を向いた。
それが泣いているように見えて、胸が苦しくなる。
カインは俺の大事な弟だ。
俺が今まで生きてゆけたのは、大げさでもなんでもなく、カインのおかげだ。
俺にとっても大切な存在。
だけど

「俺はここにはいられない」

カインがもう一度ぎゅっと手を握った。
その上に、そっと自分の掌を重ねる。

「外の世界を知ってしまったから、もうここでは耐えられない」

…カインの言うこともわかる。
それに、俺もカインが大事だ。

「俺が必要だと言ってくれるなら、一緒にここを出よう」

家が必要なんじゃない。
弟が大事なだけ。
俺の本音はまさにそこだ。

「カインも一緒にここを出よう?」



カインを巻き込むことが、これからにどう影響するかなんて、その時、浅はかな俺には考えられなかった。



 
 
Copyright (c) 2008 Tasuku Yuki All rights reserved.
  inserted by FC2 system