アイリーン 第二章 -カイン-

24.再出発

 
善は急げとばかりに、慌てて屋敷を飛び出した。
今度はカインも一緒だ。
納得し切れてはいないようだが、最終的には俺の案に頷いてくれた。
厩から再び馬を出して駆ると、見る見るうちに屋敷が遠ざかる。
父親が帰ってこない間に遠くまで行かないと、今度はカインまで連れているのできっとただじゃすまないだろう。
兄さんに気付かれても同じことだ。

「アイリーン、大丈夫か?」
「ん、だいじょ、っぶ」

馬上で舌を噛みそうになりながら、何とか手綱を引く。
昔から馬との相性はいいはずだけれど、駆るのはあまり得意じゃない。
遠乗りなんかをゆっくりするのが好きだ。

「…だから、俺と一緒に乗ればいいって言ったのに」

ぶつくさ隣で言う声が聞こえるけど、この際無視だ。
カインの機嫌もあんまりよろしくないから、これ以上怒らせるようなマネはしたくない。

「あの森を抜けたら、一度速度を落とそう。そこから次の町迂回して、俺の屋敷に向かう」

イーグルが上手に馬を操りながら、横を向いて言う。
なんとかカインにも届いたようで、頷くのが見えた。

森を抜け、馬の速度を落とすと、俺にも話す余裕が出来た。

「今更だけど、本当にお世話になってもいいの?」

勝手にカインまでお世話になるって決めちゃったし、それを追い出すような人でもないとわかってはいるけど…。
でも、何の了解もなしっていうのはやはり駄目な気がするから。

「何を今更、だよ。それこそ追い出すなんてできないだろう?」

にこりと笑ってくれる。
こう答えてくれるとわかっていても、やはり嬉しい。

「不本意だけど、礼は言っておく。しばらく、お世話になります」

最後だけを改まったように、カインがそう言った。

ん?
待てよ。
しばらくって何?

「落ち着いたら借家でも探すから」

さすが我が家のしっかり者。
世話になりっぱなしじゃ駄目だと思いつつ、口だけの俺とは訳が違う。

「遠慮しなくてもいいよ。部屋は余ってるから」

嫌味か。
余分な空き室だらけのホテルのようなオセロット家の屋敷を思い出して、そう返すのを抑える。
それでも、給仕の手間は増えるわけで、厄介になることは変わりない。
それこそ、空き室だらけで経営困難なホテルだ。
俺はそれに払う金さえない。

「カインの言うことも確かに一理あるからさ、俺も何か職を探すよ」

そう言った俺に、一度訝しげに眉を寄せて、その後すぐに嬉しそうな顔になる。
一人百面相。

「職ならあるよ」
「え、ほんと?」

思いついたとばかりに言ったイーグルに、思わず食いつく。
自分で探すと宣言したのはいいものの、当てなど一行にないのだ。

「うん。永久就職と言う名の職がね」
「永久?何それ」

永久と言うからには、一生ものの職か?
それは確かにいい響き…

「ふざけんな」

あら、お隣さんがお怒りで。
我が弟が怖いんだけど、どうしたもんかね。

「簡単な職だよ。俺の側で甘えてるだけでいいんだから」
「なんだそれ!」

すっごい落とし穴のありそうな職だな。
ただより怖いものはないってこのことか。
あれ、使い方がおかしい?

「だからふざけんなって」
「すっごいいい案じゃない?そうすればカインも身内になってホクホク」
「なるか」

あ、なんかわからないけど楽しそう。
こういうのっていいな。
就職の話はさておき、帰りの道中は楽しくなりそうだ。
やはり、大事な人たちには仲良くしてほしい。
俺は、密かにそう思いながら隣に並ぶ二人を見た。


そうして馬に揺られること2時間。
隣の町を迂回したせいで、行きより随分時間がかかっている。
小さな町だけど、父さんが仕入れなどをしている町だ。
知り合いに見つかってしまうとまずいだろうから、そこを避けることにしたのだ。
俺たちの住んでいた町より小さいくらいだからそう大した迂回でもないはずなんだけれど、予想以上に大幅に足をとられている。
…正直、疲れた。
どこがと言われれば、お尻の方が。
そりゃもうなんて言うか、うん。
痔になりそう。

「どこかでそろそろ休憩しようか」

さすが気のきく男だ。
それとも俺の顔に出ている疲労の度合いがひどいのか。
どっちにしろ休憩は嬉しいので、素直に頷く。
なのに、隣には頑固な若者が1人。

「いや、もう少し先まで急いだ方がいい」
「なんで?」

泣きそうな声になった。
我が弟は少し困りながらも、俺の我が儘を許してはくれない。

「父さんはきっと、俺たちが家にいないのを知ったら、一番にオセロット家を疑うと思う」

疑うというより、本当にそうなのだが、カインの言うことも一理ある。
父さんはイーグルのことを知っているのだ。
以前に世話になっていたなら、次ももちろんそうだと考えるだろう。
俺は身震いした。
間違いなく、次に連れ戻されたら、一生出してはもらえない。
下手すりゃ、一生闇の中で隠遁生活だ。

「じゃあ、オセロット家にお世話になること自体がもうだめじゃないか」

安泰に見えた生活も、ガラガラと崩れゆく。
でも、他に行く場所もないんだ。

「…グレイ家は権力が弱いから、オセロット家には手が出せないと思う。外に出てしまったら、わからないけど」

オセロット家にいる間は安全だけど、一歩外に出ればその保証はないということか。
親父が直接連れ戻しにくることはないとしても、一応使用人のいる家だ。
特に今は俺だけじゃない。
唯一学歴が高くて、有望株な四男がいる。
いや、一応俺は息子の数に入らないから三男か。
…まあ、そのカインを連れ出した俺も一緒に連れ戻されることは必至だろうけど。

「とりあえずは俺の屋敷に戻って、解決策を考えよう。2人とも、勝手に先を決めたりしないように」

さすが年長と言うべきか、イーグルが俺たちに釘を刺す。
俺は突っ走るタイプだし、カインは自分の考えを人には明かさないタイプだ。
間違いなく、俺たちの性格からして、このままだと好き勝手に動き始めるだろう。
…俺はともかく、カインまで読まれてる。

「いいな?2人とも、ちゃんと俺には言うように」

俺は素直に、カインは渋々頷いた。
そうしてまた前を向いて、今度は何も話さずそれぞれの馬を先に進める。
痛みをこらえて馬を駆ったおかげか、オセロット家に到着したのはそれから割とすぐのことだった。




   
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