アイリーン 第三章 -エミリア-

2.望むものは

 

慌てて追いかけたけれど、カインが歩くのは早かったようで、すぐに見失ってしまった。
泣きそうになりながら、カインが向かった先を目指す。
小走りで店を覗いて行くけれど、どこにもカインが見当たらない。
余所見をしながら先を急ぐせいで、すれ違う何人かの人と肩がぶつかった。
それに何度も謝りながら、更に泣きそうになる。
幸いなことに、謝ると苦い顔をしながらも許してくれる親切な人たちばかりで、絡まれることはなかった。

そうして探し歩くうちに、日が傾き始めた。
そう長く探しているわけじゃないはずだけど、以前より日暮れが早まっているようだ。
心なしか、肌寒くなってきた気もする。
まだ昼間も早い内に買い物に出たとは言え、34の品を慣れない街で買い求めるのはなかなかに時間がかかる。
それに加えて俺が世間知らずだから、倍以上に手間がかかった。
今は、はぐれて買い物さえ満足にできていない。
なかなか見つからないことに焦りを感じ、パニック状態で辺りを必死に探す。
どこに行ってしまったんだろう。
もう俺は愛想を尽かされた?
このまま放って置かれるのだろうか。
ドンッと肩がぶつかり、何度目かになる謝罪を繰り返す。
その人は小さく「いえ」と一言口にすると、去っていった。
みんな、忙しいようで、俺に大した注意を払う人もいないようだ。
人の流れも帰宅時間のピークを過ぎ、その流れも疎らになる。
気がつけば辺りにほとんど人がいない。
こんなに人が捌けても、一向に見つからない。
やっぱり…放って置かれたのか。

「やだ…もう」

探すことに疲れて、立ち尽くす。
空を見上げれば、薄闇に灯る小さな光があった。
今はそれがぼんやりと滲んで見えた。
最近、俺は泣いてばかりいる気がする。
いつからこんなに弱くなったのか。

実家では、いくら寂しくても泣いたことなどなかったのに。
どんなに辛い目にあっても、こんな裂けるほど辛い気持ちになどなったことなかったのに。
今は、側に人のいる心地良さを知ってしまったから。

「ふ…ぅ……」

どうすれば強くなれるのか、この寂しさに耐えられるのか、俺にはわからない。
もう忘れてしまった。
優しくされる喜びを、慰める人のいる温かさを覚えてしまった。
嫌なんだ…。
俺は卑怯だ。
イーグルも、カインも失いたくない。
一人になりたくない。

「ウィルッ!!」

静かな夕闇に声が響き渡る。
すぐさま振り返り、闇に慣れた目に見覚えのある姿が映る。
無意識に体が動いていた。

「っ…カイン!」

走り寄る俺を黙って抱き止めると、頭上ではぁっと大きく息を吐いたのが聞こえた。
きつく、きつく抱き締められ、息が詰まる。
それさえも嬉しくて、硬い胸板に頬をすり寄せた。

「探…した……」

途切れ途切れになる声に、カインが囁くようにごめんと繰り返した。
息を僅かに切らせて、汗の匂いさえする。
でもそれが嫌じゃなくって、すごく安心できる香りだった。
“必死に探してくれた”
それがありありと伝わって、胸がいっぱいで更に泣きそうになる。
自分をこんなにも想ってくれる人がいることに、言いようの無い気持ちが溢れ出す。
俺にはやっぱり…どちらかを選ぶなんてできない。
こんなにも優しい人を、俺を必要としてくれる人を、選ばないなんて考えられない。
でも…不謹慎にもカインの腕の中で安心しながら、別の青い瞳を思い出す。
一気に広がる罪悪感。
どちらかを選べと言われて、優柔不断なことを繰り返す自分に嫌気がさす。
でも、それでも、俺は選べない。
この手を、あの暖かい手を、どちらかを手放すなんてできない。

俺にはその二つだけしかないなのだから。




 
 
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