アイリーン 第一章 -リッカルード-

5.疑惑と告白

 
「何言ってんだ?どっから見ても男じゃないか」

全く、いくら細っこくてなよなよしてるからって失礼だ。

「…いや、ウィル。悪いけど、どっからどう見ても男には見えない」
「じゃあ何だって言うんだよ」

むっとして口を尖らせながらたずねた。

「何って……女しかないだろう?」

「は?」
「お・ん・な。ウィルはどう見ても女にしか見えない」

頭が真っ白なまま、ただイーグルを見つめていた。
頭が回らなくて、何も言い返すことができない。

「…やっぱり本気で自分を男だと思ってたの?」

何かが喉にへばりついて、何か言いたくても声が出せない。

「…ウィル?」

そっとイーグルの手が俺の頬に触れる。

「あ…」

不意に力が抜け、喉を圧迫していたものがなくなった。
ひゅっと息を吸って声を出せば、わずかに裏返った声が出た。

「お、俺…男じゃないの?」
「ちゃんと確認しないとわからないけどね。でも今言った通り、俺の目にはウィルは女に見えるよ。声も顔も仕草までかわいいしね」

そんなこと言われたら急に脳内が乙女化して、何だか恥ずかしくなってしまう。
きっと今の俺は真っ赤っかだ。

「…反応までかわいいし」

イーグルが妙に色気のある眼で俺を見るので、本当に女になった気がしてしまう。

はっ!いかんいかん。
俺の頬に添えられたままだった手を払いのけ、改めて目の前の男を見直す。

「だ、だからって俺が女だって理由にはならないだろ。そりゃ、自分に女々しいとこがあるのはわかってるけどさ…」

(小)動物好きだし、子供も好きだし、甘いものは別腹だし…

「でも、俺は男だよ。」

よし、言い切った!と俺は満足していた。
次の瞬間までは。

「…なんでそんなに頑なに自分を男だと思ってるわけ?」
「へ?」
「今まで何も違和感を感じたことはない?どう見ても顔立ちは女だし、体の線だって男とは全然違うよ。俺にはどこをどうとって自分のことを男だと言い切るのかわからない」

厳しい目で睨まれると、何だか自分の考えに自信がなくなってきた。
…でも確かに、自分が男だって言い切れる要素がないことに気付く。
考えてみると、妙に引っかかることばっかりだ。
…あれ?まず、『男』という定義がイマイチわからない。

なんでだ…?




* * * * * * * * * * * *




 
俺には兄が二人、弟が一人いるが、三人とも俺とは顔立ちが全然違って、どちらかというと厳つい。

眉毛もヒゲも濃い兄と、彫りの深い弟。
上の兄二人以外はみんな母親が違うから似てなくても当たり前だが、兄弟と俺は明らかに顔と体型に差がある。
弟よりも背が低いし、弟よりも声が高い俺は、兄弟の誰にも相手にされなかった。

…いや、むしろ父親にすら嫌われていた。

あまりにも俺が父親にとって不快な存在だったために、つい最近まで家の外に出してもらうことすらほとんどなかった。

その理由を兄弟たちは口を揃えて言ったものだ。

「お前はいるだけで人を不快にさせるんだよ。」

と…。







「昔は普通に仲が良かったんだ。」


俺は少しずつ、イーグルに話し始めていた。

黙って聞いていてくれるもんだから、案外さらっと話してしまえそうな気がしていた。
まだ敵か味方か、判断しかねるはずなのに、俺はずいぶんと気を許してしまっている。
でも…

─きっとイーグルならすべてを話せる。

俺はそう思っていた。







昔はすごく仲のいい兄弟だった。
子供だったし、まだお互いに無邪気に遊んでいられた。
上の二人の兄も俺の二つ下の弟も、異母兄弟だったけれどまるで友達のように仲がよかった。

その頃から冷たかったのは父親と、弟の母である父親の三人目の奥さんだけで、乳母も俺の母の代からいた人らしく優しかった。
俺が兄弟と遊ぶことを禁止され、避けられるようになったのはその乳母が家を出た頃だった。

かばってくれる大人がいなくなり、俺が少しでもそそうをすれば、容赦なく父に殴られたし、継母には口汚く罵られ、地下の酒蔵に閉じ込められた。
今まで遊んでいた兄弟たちも、白い目で俺を見るようになり、近付いてくることすらあまりなかった。

いや、正確に言えば一度だけあったけれど…。
 

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