アイリーン 第三章 -エミリア-

4.卑怯者

 
屋敷に戻ると、イーグルが心配顔で出迎えてくれた。
買い物に出てからもう5時間以上経っている。
そりゃあ心配もするよな。
家から飛び出さなかっただけましか。

「イーグル様をお止めするの、大変でしたのよ」

あ、やっぱり出ようとしてたんだ。
今は過保護なイーグルから解放されて、シシイと一緒にお着替え中だ。
シシイは笑いながらそう言っているけれど、実は結構大変だったんだろうな。
なんてったって、イーグルは時々とてつもなく強引で、強情だ。
文字通り、ある意味で強い。
それでどうやって止められたのかと思えば…。

「フェイ様がお怒りになったのを久しぶりに見ましたわ。さすがのイーグル様もそれでようやく落ち着かれましたし」

やっぱりフェイさんは強いらしい。
確かに普段大人しい人程切れると怖いと言うし…。

「もちろん心配していたのはイーグル様だけじゃございませんよ」

シシイは苦笑しながら続けたが、本当に色んな人に心配をかけたのだと改めて思った。
こうやって心配してもらうことは俺にとってすごく新鮮で…嬉しいと思うのは不謹慎だろうな。
ただ、申し訳なさももちろんある。
だって俺は、こうやって心配してくれる人がいるのに、焦っていたとは言え、それを省みていなかった。

「ごめんなさい…」
「いいえ、私もあまり偉そうなことは言えないんです。私がたくさんお使いを頼んだのがいけなかったんですもの」
「そんなこと…」

俺が最近塞ぎ込んでいたのを見て、シシイが買い物をしてきてくれるかと頼んだことはわかっていた。
買い物は…あんなこともあったけれど、気晴らしにもなった。



* * * * * * * * * * *



「これ…。遅くなったけど、頼まれた物」

着替えが終わって、リビングで俺が置いたままにしていたものを渡すと、リビングで待っていたカインも近付いて来て同じように袋を差し出した。
明らかに重そうな袋には、俺の持っていた十倍近い量が入っている。

「重いですからこのままどこかに運びますよ」

さりげなくカインがシシィに申し出る。
さすが我が弟。
心優しいのは家族一だ。
…あの家族内で比べるまでもないけれど。
言うまでもなく一人で運べるはずが無いので、シシィは礼を言ってカインの申し出を受けていた。

「あ、じゃあ俺も」
「こっちは私が持っていきますわ。アイリーン様はゆっくりなさってください」

せっかく心優しき弟に倣おうとしたのに、あっさりとお断りされた。
それでそのまま2人が荷物を部屋から運び出した。
おそらく、納戸に運ぶのだろう。
そうして部屋に残ったのは―…

「アイリーン」

俺とイーグルの2人だった。

「アイリーン…」

俺を呼ぶ声が悲しげで、俺はびくりと肩を震わした。
体が固まって振り向けない。
最近こんなのばっかりだ。
俺たちの関係はギクシャクしている。
カインと再びオセロット家にお邪魔するようになって、当然だけれどイーグルと接する時間は減った。
イーグルも遠慮しているのか前ほどベタベタしてこない。

2人は俺に優しい。
だがお互いはあまり干渉し合わないように気をつけているようで、俺がどちらか一方といるときは、もう一方が俺たちを避けている。
2人は俺に答えを求めないが、そうやって相手を牽制し合うことで、暗に俺に選ばせている気がしてならない。
だからカインといるときはイーグルの目が気になるし、また逆も然りなんだけれど…。

「アイリーン」

一向に動かない俺に焦れたように、イーグルが自ら近寄り、後ろから抱き締めるように俺に腕を回した。
びくりとまた肩が跳ねる。

「…迷惑?」

悲しげな声に、俺は目一杯首を振った。
触れてくる腕の温かさは以前と同じで、愛しいと思えるのに…。
今の俺にはカインを切り離してまで、この人と向き合う勇気がない。

「イーグル……」
「ごめん、しばらくでいいからこうさせて」

俺の肩口に顔を埋めたまま言った声は、消え入りそうなほど小さかったけれど、俺は何の言葉もかけられず頷くしかなかった。
サラサラの金の髪が俺の頬を撫でる。
俺を抱き締める体は、明らかに俺より大きくてがっちりしていて、自分がか弱い女の子になった気がしてしまう。
視線を下げればその腕が見えて、太いわけではないのに俺の倍くらいの太さがあって男の人だと感じさせる。

「ごめん」

もう一度小さく呟いて、イーグルが腕を解いた。
離れていく温もりに寂しさを感じるなんて、俺は本当に勝手だと思う。

「イーグル…」
「ああ、そんな顔しないで」

もどかしさに名前を呼べば、イーグルはその俺の顔を見て苦笑を漏らした。
…そんな顔ってどんな顔をしていたのだろうか。

「別に困らせたいわけじゃないんだ」

困る……?
俺、困った顔してた?
また自分の勝手さに嫌悪が増す。

「だからその顔」
「え?」

また苦笑しながら、今度は頬をさらりと撫でられた。
硬い指が俺の肌を滑り、つられて見た瞳にどきりとする。

「“ごめんなさい”って顔してる」

どきりとした。
イーグルは苦笑に混じって、どこか傷付いた顔をしている。

「違っ…」

そういう意味じゃないと言おうとして、遮られた。
再びイーグルの腕の中に逆戻りする。
今度は正面から抱き締められ、言葉を遮るためにわざとなのだろう、顔がイーグルの胸板に埋まった。

「好きだって言えば、アイリーンを苦しませるのはわかってたんだ」
「イーグル、だからっ」
「アイリーンが選べるわけないもんな」
「だから!」

ぎゅうぎゅうと抱き締められ、口を挟ませてはもらえない。

「まだ俺の気持ちが強いって分かってたのに、カインを見て焦ったんだ」

そこではたと抵抗をやめた。
急に大人しくなった俺に構わず、イーグルが続けた。

「ゆっくり、アイリーンにも分かってもらうつもりだったのに、カインがアイリーンにとってどれだけ大事な存在か知って、ひどく焦った」

この人は、分かっていたんだ。
俺がカインを大切だと思っていること。
イーグルに縋っておいて、カインを切り離せないでいることを。

「だからさ、アイリーンが悩むことないよ。俺が勝手に好きなだけだから、気にしないで」
「でも」
「むしろ俺がアイリーンを甘やかしたいだけだから」

苦しい程に抱き締められる、強い腕の力。
恐る恐るイーグルの背に手を回す。
そうすると、イーグルが俺を抱き締めたまま息を吐いて少し腕を緩めた。
縋るその体は温かくて、甘やかされた俺は不透明な答えを抱えたまま、その言葉を受け入れた。
都合のいいことだと知りつつも、まだ俺には答えを出せそうにもなかった。



 

 
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