アイリーン 第三章 -エミリア-

6.決意新たに


相変わらず荷物の少ない俺は、荷造りもあっと言う間に完了してしまった。
カインの方が書籍などが多くて手間取ったくらいだ。
…乙女としてどうなんだろうか。
自分の所持品を見て、思わずため息が出る。
服がそのほとんどなのだが、ズボンやシャツなどの動きやすさを重視した簡素なものばかりで、女らしさの欠片もない。
最近はワンピースタイプのドレスなんかも着ていたが、それはさすがに戴けなかった。
本当は持っていってほしいと言われたのだが、あんな高そうなものは気が引けるばかりなので遠慮させてほしいと言ったのだ。
唯一、あのシシィのお手製ワンピースだけはまだ持っている。
シシィに「まさか置いていくなんておっしゃいませんよね?」と凄まれたからだけど、実はあれはかなり気に入っていたので素直に戴くことにした。
それに、思い出の品だし。



「悪いな。あとこれをまとめたら終わるから」

カインがまだ残る書籍を片付けながら言った。
実家から持ってきたものはほとんどなかったが、オセロット家に滞在している3週間で色々貯め込んだらしい。
アカデミーでも必要なものが多くて、持っていかないないわけにはいかないのだ。

「わかった。まだかかるようなんだったら、ちょっと出てきてもいい?」
「いいけど…、迷子になるなよ?」
「大丈夫!」
「不安だな…」

前科持ちなので心配されるのは仕方ないが、そんなに不安そうな顔をされるとは心外だ。
俺はカインよりこの街に慣れているはずなのに…。

「ちょっとだけだから!すぐ戻るから心配しないで荷造り続けてて」
「わかった。30分経って戻らなかったら探しに行くからな」
「ラジャー!!」

リミットは30分か。
俺は慌てて屋敷を出た。

「どこに行かれますの?」

慌てて飛び出た俺に、外を掃除していたシシィが声をかけた。
だからなんでそんなに不安そうな顔するのさ。
迷子にかけては俺は余程信頼がないらしい。

「すぐそこだから大丈夫」

それ以上引き止められないようにさっさとその場を後にする。

目指すは本当にすぐ先で、屋敷から街の大通りに出たところの角の店だ。 

「こんにちはっ」
「おお、嬢ちゃん、久しぶりだな」

その店のドアを開けて元気良く挨拶すると、野太い声が返ってくる。
店の中には声通りのごつい男の人がいて、俺に快活な笑顔を見せている。

「久しぶり、おっちゃん」
「おい、おっちゃんはないだろう」

この店の店長で、ゴツいけど朗らかなおっちゃんだ。
おっちゃんと言うと怒られるんだが、他に適切な表現が見つからないほど“おっちゃん”という言葉が似合う人だ。
怒り方も気持ちよいくらいに快活に笑いながらなので、怒ってるようには少しも見えない。
でもおっちゃんと言うと「怒るぞ」って言うから怒るんだろう。
全くその気配はないが。

「ジェッツさんいる?」
「ご指名かい?」

俺が頷くのを見て、奥の部屋に「おーい、ジェッツ!ご指名だぞ」と声をかける。
おっちゃんの声が轟いた瞬間、「うるせぇ!」と奥から声が返ってくる。
そして奥からバタバタと出て来たのは、おっちゃんよりは小柄だが、それでも結構大きい人だった。

「ジェッツさん!久しぶり」

俺が手を挙げて呼ぶと、でっかい躯体がへにょっと歪んだ。
「きゃああっ!アイリーンちゃんじゃない!」

おっちゃんをワントーン高くした声をくねらせて、ジェッツさんは頬に手を当てて叫んだ。
どう見ても可愛らしくはないが、気持ち悪いと言うと泣いてしまうので思い留まる。

「やーん、全然来てくれないんだもん。待ちくたびれちゃったじゃない」

ジェッツさんはこんないかつい顔をして、実はおかまさんなのだ。
見掛けは完全に男だが、心は乙女らしい。
可愛いものと甘いものが大好物の28歳だ。

「約束通りお願いしにきたよ」
「遅すぎるわ!でも可愛いから許しちゃう」

語尾にハートマークまで付きそうなお姉言葉を操り、ジェッツさんは乙女らしく微笑んだ。
どう見ても男らしい笑顔だが、父親譲りだそうだから仕方ないだろう。

「それで、どうしたいの?」
「バッサリでお願いします!」

俺が元気に答えると、快活な笑顔がみるみる引きつった。

「だめよ!」

即答されて口を尖らす。

「なんでもいいって言ったのジェッツさんだよ?」
「言ったわよ!言ったけど…それだけは許せない!!」

不満らしかったが、俺だって引くわけにはいかない。
だって30分で戻らなきゃならないのだから。

「お願い、ね?」

下から覗き込むように何度もお願いすると、うんうん唸った後、仕方ないとため息をつかれた。

「なんでもいいって言ったのはあたしだしねぇ…」
「やった!ありがとう!」

急かしに急かして素早く用意をしてもらう。
急ぐ旨を伝えると更に不機嫌になったが、最終的には手早く始めてくれた。

「…本当にいいのね?」
「お願いしまっす!」


最後の最後に盛大なため息をつかれてしまった。




 

 
 
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