アイリーン 第三章 -エミリア-

8.最後の意味

 
忘れ物がないか、遠足前の子供のようにチェックを繰り返した。
でも、本当に遠足並みな荷物の量でしかなかったので、そのチェックも簡単に終わる。
カインは用意周到で、抜けがない性格なので、そう確かめなくても準備が万端なのは当然だろう。

「馬車の手配も済みましたわ」

荷物は確かに多いけれど、やはり最後まで世話になるのは良くないからと、馬車もカインが手配するはずだった。
実際にカインは馬車の手配の話をされたときに一度断っていたのだ。
でも、イーグルは「それくらいさせてくれても罰は当たらないだろう」といって聞かなかった。
「最後だから」って…。
俺にはそっちの方がなんだか嫌だったのだけど、カインが認めたのだからもう俺も何も言わなかった。

「わかりました。すぐに運びます」

書籍等重いものは手押し車に乗せて、屋敷の前に待機している馬車まで運ぶ。
俺はというと、本当に軽い衣服類しかないため、大きい手持ちのカバンで事足りていた。
もちろん片手で運べるサイズだ。
シシィが俺の手渡した荷物を持って、馬車に上げてくれる。
それくらいは俺にだってできる作業だが、イーグルの言うとおり「最後」かもしれないので、されるがままに甘えさせていただいた。

「忘れ物はない?」

子供の遠足を見送る母親のように、イーグルがそう尋ねてくる。
シシィが馬車の中を覗き込んであれやこれやと最終チェックをしているようだ。

「大丈夫そうですわね。では、これを」

そう言ってこちらを振り返ったシシィは何やら俺たちに手渡してきた。
カインが大きなバスケットを受け取る。

「ピセはここから幾分かありますし、道中にはあまり目立つ店がないと聞いていますわ」

バスケットの中には切り分けられたバゲットや果物、それに葡萄酒の瓶なんかが入っている。
要するに、道中の食物ってことだろう。
そこまで考えていなかったので、素直に有難かった。
カインも素直に礼を言って受け取っている。

「じゃあ」

なんとなくそこで言葉を切って馬車に乗り込もうとすると、強い力で腕をひかれた。
ふと収まった先はイーグルの胸。
ぎゅうっと抱き絞められて、こめかみにキスを落とされる。
俺もされるがままにそれを受け入れ、カインもそんな俺に何も言わなかった。
きっとこれが「最後」だからだろう。

「じゃあ…」

イーグルがそう言って俺を離した。
俺は最後にイーグルを見る余裕がないまま、すぐに背を向けた。
先に乗っていたカインが手を貸してくれて、俺はようやく馬車に乗り込む。

「また、いつでも来てくださいね」

切なげに笑うシシィを見て、今更ながらに泣きそうになる。
うんうんと何度も頷いて、馬車の窓越しに握手を交わした。

イーグルは何にも言わない。
ただ切なげに瞳を細めて俺を見るだけだ。
俺も何も言えなくなって、視界が滲む中、ただ黙って見返した。

「出してください」

カインが御者に声をかけ、一つがくんと大きな振動があって馬車が動き出す。
見る見るうちに遠ざかる、二つの影。
シシィは見えなくなるまでずっと手を振っていた。
景色はどんどんと過ぎていく。

いつかの景色みたいだった。
ただ、以前と違うのは、隣にいる人が違う人だということ。
イーグルが傍にいない、ということ。




 

 
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