アイリーン 第一章 -リッカルード-
6.回想
いつものように俺は酒蔵へと閉じ込められていた。
理由は簡単だ。
俺が家に来た客にセクハラされたからだ。
普通はなんでされた方が怒られなきゃならないんだって思うんだろうけど、うちの親は普通じゃないんだから仕方がない。
俺の不出来さに相当腹が立ったらしい父親に顔面を思いっ切りグーで殴られ、酒蔵へと蹴り飛ばされた。
もうその頃にはそんな扱いに慣れていた俺は、何も言わず、ただ地下の寒さに耐えるために壁際へと寄っていった。
「イタッ」
殴られて切れた唇からは血が出ており、蹴り飛ばされた足はくじいたらしく鈍く痛んだ。
痛かったが耐えるしかなかった。
それよりも辛いのは空腹の方だ。
殴られるのには慣れたが、これにはいつまでたっても慣れなかった。
いつか見た絵本のマッチを売る女の子ように、頭には次々と料理が浮かぶ。
羊代わりに頭に浮かぶ料理の数を数えながら、俺はだんだんうとうとし始めた。
寝て時間を潰すのが一番だ。
いくら寒いからって凍死するほどでもない。
ここを出してもらう頃には霜焼けができているくらいだ。
どれくらい経ったのだろう。
眠りに引き込まれていた俺の体に、さわさわと触れるものがあった。
「う…ん」
触られるのが煩わしくて、身じろぎをした。
すると、なぜだか胸の辺りがすーすーする。
ぼんやりと目を開けた先はやはり酒蔵で、電気もついておらず薄暗い。
それでも俺の前に誰かがいることくらいは分かった。
「だ…れ…?」
恐怖の入り交じった声で聞くと、相手は俺が起きたことに気づいて一瞬動きを止めた。
「だ…もがっ!」
もう一度声を上げようとしたところで口に手を当てて塞がれる。
パニックになって暴れようとすれば、両手首をつかまれて頭の上で固定された。
「静かにしろ」
俺はその声に驚いて、塞がれたままの口の中で舌を噛みそうになった。
(セ、セイル!?)
謎の侵入者は二番目の兄だった。
息が苦しくなってもがくと、ようやく口だけ解放された。
「セイル、な、何して…」
「うるさい。お前は黙ってればいいんだ」
そう言って、俺の上に被さるように体重をおとした。
首筋に何かが這う。
とてもじゃないが、ぞくぞくして気持ちが悪い。
俺の服の前がはだけて、そこから手が入ってくる。
「いや…だ…」
抵抗してもビクともしない。
この時は本当に自分の非力さに嫌気が差した。
「親父はなんであんなにお前を男にしたがるんだか…」
下卑た笑いとともにセイルが小さく呟いた。
けれど俺はパニックでそれどころじゃない。
おかしくなるほど繰り返し嫌だと言っても、手の動きが止まる様子はない。
ズボンにも手がかけられ、無理矢理にずり降ろされる。
全身を悪寒が走り、思わず悲鳴を上げた。
だけど、喉が張り付いてか細い声にしかならない。
「うるせぇ」
次の瞬間、口に何か布を突っ込まれ、声も何も上げられなくなった。
完全に何も考えられなくなった俺は、渾身の力で暴れ出した。
さすがに相手が怯み、僅かだが抑える力が緩んだ。
なんとか振り切って逃げようとしたが、狭い酒蔵の中、すぐに捕まってしまう。
半ば引きずられるように捕らえられ、頬を思い切りぶたれた。
父親のものよりも強烈だった。
もう意識が混濁し、動く力さえ残っていなかった俺は、暗闇に光が差したことにもしばらく気付かなかった。
Copyright (c) 2008 Tasuku Yuki All rights
reserved.