アイリーン 第三章 -エミリア-

13.夜のお仕事

俺は毎日、必死に働いた。
いらないことを考えないように。
寂しさを紛らわすために。
幸い、料理の腕は上達し、成果も出てそれなりに楽しかった。

泣いたわけを聞こうとはしなかったけれど、カインはそれ以来早く帰ってくるようになった。
でも、少し無理をしている節があって、今度は申し訳なさでいっぱいになった。


「夜も働きたいって?」

驚いたようにそう言った後、ニナさんは心配そうに俺を見た。

「そんなに生活が苦しいのかい?やっぱりウチの給料じゃ少なすぎるんじゃないか」
「いえ、そんなことは…」

むしろカインの奨学金の貯えで生活しているので、俺のお給料にはあまり手を着けていない。
お金には思ったより困っていない。
そうじゃないと答えても、二ナさんは心配顔をやめなかった。
俺は慌ててちゃんとした理由を立てる。

「弟の生活に合わせたいので、夜も働かせてもらえると助かるんです」

俺が家にいなければ、カインは早く帰ってくる必要がない。
夜までバイトするのは良い顔しないかもしれないが、俺がやりたいと押し通せば聞き入れてくるだろう。
カインは俺の我が儘に弱いから。
…そこまでは言わなかったけれど、カインの名前を持ち出した時点で、二ナさんの表情が緩む。
これはいけるかもしれない。

「ウチは夜の人手が足りないくらいだから構わないけど、夜遅くに帰すのはやっぱり心配だね。男の子だと言ってもアンタは見るからにか弱そうじゃないか。ヘンなやつも夜は多いからね」

ニナさんだってあまり良い感じはしないようだ。
確かに…屈強な男の人に絡まれたら、俺だって勝てる気がしない。
カインを説得するにもここが難関だ。
でも、俺にはちゃんと考えがあった。

「弟が学校の帰りに迎えにきてくれるから大丈夫です」

そうだ。
アカデミーから家までの帰路にこの店はあるので、少し寄り道にはなるが迎えにきてもらうくらいはできる。
カインだって、お願いすればむしろ喜んで引き受けてくれる気がする。
俺としては、少し厚かましい気がして心苦しいが、早く帰ってこさせて学校をないがしろにさせたんじゃ、もっと心苦しい。
何のためにこの街を選んだのかわからなくなる。

「そういうことならいいけどねぇ。アンタの弟は学校が遅いのかい?」
「授業はないみたいだけど、研究とかがあるみたいだから」
「研究……。何か別世界の話だねぇ」

やれやれとニナさんが苦笑する。
この店の人たちは学者さんやアカデミーに通う学生をなんとなく牽制しているようだが、カインは馴染みが出てきているようで、俺と一緒に可愛がってもらってる。
一緒に賄いをごちそうになったことも何度かある。

「じゃあ夜の賄いをつけてあげるからカインと一緒に食べて帰るといいじゃないか」
「あ、なぁに。ウィル、夜もウチで働くの?」

メイスが奥からひょっこり顔を出す。
ああと時計に目を向ければ、そろそろ夕方の準備をする時間だ。
ニナさんに今日はとりあえず帰ると告げる。
とりあえず、カインを今日中に説得しないと。

「明日から、でいいんだね」
「はい」
「じゃあウィル、明日ね」

話をとりあえず切り上げ、労いの言葉をもらった。
メイスに手を振り、ニナさんとセオさんに頭を軽く下げて、店を後にした。

あとはカインだけだ。


 
 
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