アイリーン 第一章 -リッカルード-
7.回想(2)
俺はぼんやりと顔を上げた。
誰かの怒鳴り声が聞こえる。
そして、それを止める声。
突然差した明るさに慣れない俺の横に、何かが転がる。
人だ…。
(え…セイル?)
驚いてなんとか体を起こし、よく見るとやはり兄だった。
顔の辺りが腫れて赤くなっている。
じゃあ今の…殴ったのって…
俺は光の方を見た。
逆光でうまく見えないが、背の高い男だとわかる。
「大丈夫か?」
男が俺の方に屈んできた。
影が差し、その人物の顔がはっきりとわかった。
「カイン…」
「兄さんは僕に殴られて仕方がないことをしたんだ。わかるよね?」
俺よりひとつ年下の弟が、俺の横に睨みを利かせる。
その先には俺の兄。
そして、カインの兄でもあるセイル。
「カ、カイン、お前…」
「父さんや母さんにバレたら困るのは兄さんの方だよね?」
痛むのか、セイルが頬を押さえた。
「だったら、彼女に振られたくらいに言い訳しといてよ」
兄の顔が歪むのがわかった。カインが俺の腕を引っ張って立たせようとする。
「ま、待って。うまく立てな…」
そう言った瞬間、体が宙に浮く感覚に陥った。
は…れ?
なんだこのカッコ…
「軽いな、ウィルは」
あ、わかった。
あれだ、あれ。
お姫様だっこ。
「なななななな、何して」
「何って動けないんでしょ?大人しくしててよ」
ぐっ。
確かに今は立てそうにもない。
しかも服までぐちゃぐちゃだ。
「…ウィル?」
「兄さんと呼びなさい」
カインは苦笑したまま、俺を酒蔵の外へ連れ出した。
「勝手に出たら…」
「親父もそんな鈍くないから、兄さんたちを見たらすぐにだいたい想像できるよ。なら、今連れ出しておかないと、後が怖いよ?」
「でも」
「いいから僕に任せて」
これが初めて弟に助けられた日だった。うっかり泣いてしまいそうになっちゃったよ。
「それから、俺の味方は弟のカインだけだった。」
俺は簡単な事の顛末を、わかりやすく説明したつもりだった。
イーグルはまだ難しい顔をしている。
「つまりさ、俺の家族は全員俺が男だって思ってる。だから、俺も男として育ってきたんだ」
そう言うと、怖い顔で睨む。
美人が切れたら怖いというのは本当らしい。
「…じゃあ何で兄貴に襲われたりしたわけ。」
「お、襲われてなんかっ…」
ないとは言えないよな、うん。
じゃあ何で?
「俺があんまり男らしくないのは認めるよ。父さんだって俺が女々しいから怒るわけだし。でも」
それ以上、しゃべれなくなった。正しくはわっと小さく叫びはしたんだけど…。
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