嘘つきな彼女

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  14.不可解な彼女  

終業の時間が迫って、体調を崩したのを理由に早々に仕事を切り上げて更衣室にダッシュする。この際、体調不良なはずなのに元気なのは目を瞑ってもらおう。
普段のわたしの人物像からして仮病はないから、きっと余程耐えがたいのだと思ってもらえるだろう。

タイミングがずれて、わたしが更衣室に出る頃には女子の皆様が逆に入ってくるところだった。お疲れ様ですと声を掛けたけれど、大体の方が心ここに在らず。数人固まって何かのおしゃべりに花を咲かせている。
その少数の集団は点々と続き、出口まで連なっている。外に向かう途中、また数人のグループに出くわした。その後方から伺い見ると、社員用出入り口を出たすぐのところにヤツが見えた。
ケータイ片手に所在無げに立っているだけなのだが、なんせ元が目立つ。猛スピードで着替えたのに、間に合わなかったらしい。これじゃ、確実に捕まる。
アンタ、やり手の営業マンなんでしょうが。仕事しなさいよ、仕事!
このまま通り過ぎることができるとは思えない。
『挨拶だけでもして帰ろうよ』
『もしかしたら、お茶くらいできるかも』
うまい具合に、様子を伺っていたお嬢様方が、わらわらとヤツに近寄っていく。
しめた!今のうちにっ!

♪〜♪〜♪〜♪〜

「っ!?」
ダッシュの姿勢をとった瞬間、流れる軽快なメロディ。音源は、明らかに手元の鞄の中。一斉に注がれる視線。
ぎこちなく首を動かして視線を向けた先には、携帯片手にこっちを見ている男。
目が合うと、ヤツの顔が笑顔に変わる。周りの女子が息を呑むほどきらめく笑顔。
でも、私は騙されない。あの笑顔の裏に何があるのか。その笑顔を見て愕然とした。
「やあ、遅いからどうしたのかと思った」
手を上げたヤツは、群がっていた女性陣をやんわりと押しのけて、こっちに向かってくる。
崩さない笑顔の裏には、「さっさと出て来いよ」と書かれている。遅いという言葉もその笑顔も胡散臭い。
「あははは、待っておられたなんて知りませんでした。何かご用でした?仕事のこととか?」
他人だと、あくまで仕事上の関係だとアピールする。じゃないと、明日から怖い目に遭いそうだ。
それに、わたしたちはそんな関係じゃないでしょう?秘密なんじゃないの?
「何を言ってるんだ。今日は一緒に帰ろうって約束してただろ」
何それ!?アンタ、私が明日からイジメに遭うってわかってやってるわね!?
「ははは、ご冗談を。む、向こうで、…仕事のことなら向こうで話しましょう」
強引にヤツを引っ張って、凍てつく空気のその場を後にした。くくくと笑いを耐える声が後ろから聞こえる。
この男…絶対しばくっ!

「どういうつもりですかっ!?」
どこに行っても人目が気になるので、仕方なく家に連れ込んだ。井関さんの思い通りな気がしなくもないが、今のわたしにはそんなことすらどうでもいい。
「だってああでもしなきゃ、お前、1人で帰るつもりだっただろ?」
「だからってもうちょっと考えてください!わたし、明日から全女子社員の敵ですよ」
明日、後ろからいきなり刺されたらどうしてくれるんだ。わたしはまだ死にたくない。
「うちの会社は社内恋愛禁止じゃないだろう」
「いや、今はそんなこと関係ないじゃないですか」
どうしてそういう話になるのか。もともとそういう関係じゃないはずだし、この人には小野寺さんがいるはずだ。
何のためにわたしが距離を置こうとしたと思っているのだ。
「お前、あれだけされてて自覚ナシとか言うんじゃないだろうな」
“あれだけ”とはつまり、その…肉体関係のことよね?この人に何かされたってそういうことしか思い付かない。それも何か虚しい気がするのだけど。
「“そういう関係”でしょう?」
痛む胸に手を当てて、思いきって聞いてみる。自分で自覚していたけれど、改めて口にしてみるとより一層心に突き刺さる。
「ふざけんなよ」
予想に反してヤツは急に怒り出した。普段冷たいくらいの男なのに、珍しく感情的になっている。
「お前、今までそう思って抱かれてたわけ?」
「だって…。違うの?」
「んなワケねぇだろ!何のためにお前にそんな眼鏡付けさせてると思ってんだ」
ヤツは睨んだまま、わたしの眼鏡をはずして、髪を解いた。
「お前の魅力なんて俺が知ってりゃ十分なんだよ」
それを松永に晒しやがって、とブツブツ文句を続ける。どうやら松永さんは天敵らしい。魅力と言う言葉にわたしが不思議に思って顔を上げると、漸く怒りを収めて笑顔を見せた。
あの気色の悪いキラキラ笑顔じゃない。意地の悪いにんまりした顔でもなくて…
「言葉がほしいなら何度でも言ってやるよ」
すっごく優しい笑顔なの。これ、外ではしないでほしいな。

「美亜、愛してる…」

本当のこの男は、意地悪だし、俺様男だし、全然完璧なんかじゃない。でも、どうも私はそんなこの男が好きみたいだ。ほんと、どうしようもない。
頭ではまだ混乱してるのに、生理的な涙で前が滲んでくる。

「ってなわけで、ヤろっか?」
「本当、最低っ!!」

絶対、完璧な男なんかいないのよっ!!!

 
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