嘘つきな彼女

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  16.単純な彼女  

起きたら指輪が左手の薬指に填まっていた。
寝ぼけた頭で考えること数十秒。隣ですやすやと健やかな寝息を立てる、整った顔を凝視する。
いや、この男以外にいるわけないのだけれど。
驚くほどにぴったりとフィットしている指輪は、シンプルなラインで小さな石が三連並んでいる。この大きさではしれているかもしれないけれど、恐らくはダイヤ。この男に限ってガラスということはないだろう。
冷静にそんなことを考えて、もう一度男を凝視した。

なぜ、指輪のサイズを知っているの?

「相変わらず、面白みのない反応」
面白みのない、と言いながら、なぜにやにやとそんなに嬉しそうな顔をしているのか。
「お前くらい鈍かったら、それくらいしないと分からないだろうと思って」
「だからって、こんなのもらう理由には」
「“こんなの”ってなんだ」
「だから、指輪」
「はずすなよ」
話がかみ合わない。元からそうだったけれど、どんどん進む展開についていけない。
もう一度自分の指に視線を落とす。未だにシーツにくるまった状態というのが間の抜けた話だけれど、背後からホールドされているのだから仕方ない。
服を着ようとしたら、「休みなのに急ぐ必要もないだろう」と却下された。急がないけど服くらい着たって良いじゃないの。
「触れば大体分かるだろ」
もう一度サイズのことを尋ねたら、そう一蹴された。指を軽くつままれる。自分でも何号か知らなかったのに。
どれだけの女に指輪を送ってきたのか。初めてのプレゼントに素直に喜べないのはそこかもしれない。
「今すぐってわけじゃないけど」
お前も歳だろ、と失敬な事を言ってくる。そりゃあ、結婚を考えないわけじゃないけれど、やっぱりなんだか現実味がわかない。
「俺は単純にお前とこうやって一緒にいられたらいいと思ってるけど、お前は結婚でもしないとずっとそばに置いておけなさそうだしな。後は分かりやすい虫除けだな」
虫除けってよけるほどの虫もいないのだけど。むしろ背後にひっついているあなたくらいですけど。
「何、胸が詰まって言葉も出ませんって?」
「…っ、自惚れっ」
「…ても良いってことだろ、その顔は」
自分がどんな顔をしているのか分からないが、顔がひどく熱い。視界が滲んで、目の奥がツンと痛くなる。
「美亜、愛してる。小野寺じゃなくて、お前と結婚したい。ずっと傍にいてほしい。他の誰でもなく、美亜に」
だから、急に甘い言葉を吐かれても混乱するんだって。
熱っぽい瞳がまた自分を求めているのがわかって、危険だと思うのに許してしまいそうになる自分は、もう大分この男に毒されていると思う。
「美亜、言って。俺の傍にいるって」
誘惑される。その瞳の熱に、甘い声に。なんて自分はこんなにもこの人に弱いのだろう。
「あっ、はんんっ」
答えを求めたくせに、わたしの口が開くが早いか、再び塞がれる。熱く絡む舌に言葉を吸い取られる。
だからせめて、態度だけでも。
首の後ろに自らの手を回す。求められる唇を啄ばみ返し、舌を追うように絡める。
振り回されてばかりでいてやるもんか。さんざん振り回されてきたんだから、ちょっとくらいは見返してやりたいのに。
「どんな答えでも、もう放してやるつもりなんてないけど」
理不尽な言葉に、どうしてこんなにも胸が高鳴るのか。苦しいくらいにドキドキと心臓が早鐘を打つ。苦しい。好きすぎで苦しい。
「は、ん、…あっ」
それを言わせてもくれない。どこまでも意地悪なんだ、この男は。
「やっ、お願、ぁい」
「なに、言って?美亜」
だから言わせる気がないのよ、この手は。
キスだけで脳が溶ける。触れられると肌が泡立つ。わたしはこの人以外知らないけれど、みんなこんなに翻弄されてしまうものなのだろうか。
「やす、たか…さんっ」
「ん?」

「すき、すきなのっ。放さないでっ…」

「本当、お前は…、かわいすぎるだろ」
相変わらず翻弄されてばかりで、言われている言葉の意味の半分も分からないけれど、なんとかわたしの気持ちは伝わった気がする。さっきと違って意地悪なだけじゃないこの優しい触れかたで分かる。
流されてもう今日だけで3回目。ようやく、ちゃんと想いが通じ合った気がする。
「あ、ふん、やっ、はぁぁん」
3回目の翻弄を受けながら、これまでになく幸せに感じていた。
単純だろうか、わたし。

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