嘘つきな彼女
3.狙う男
作戦その一、ご飯に誘う。
「桐島さん、この間の資料ありがとう。助かったよ」
「いえ、製本しただけですから」
「それでも助かったよ。いつも悪いね。あ、そうだ。今度ご飯でもどうかな」
いつもの手。通用したことは一度もない。
「いえ、大したことじゃないですし。お礼なんてわざわざ結構ですよ」
粘ってもいつも同じ。やはり、作戦失敗。
作戦その二、プレゼント攻撃。
「これ、もらいものなんだけど、甘いもの苦手だから代わりに食べてくれないかな」
これは結構効いた。「もらいものなのに、いいんですか?」と遠慮がちに受け取る。表情の変化は分かりにくいが、曽根さん情報によると彼女は甘いものが好物らしいので、きっと喜んでいるのだろう。
「これ、女性にもらったものとかじゃないですよね」
「ん?違うよ。業者さんにもらったんだけど、何か良く知らないまま受け取っちゃってさ」
「そうですか、じゃあいただきます」
女性からのものなら思念がこもってそうですしね、なんて呟きながらあっさり受け取る。
俺はもちろん女性からのプレゼントは受け取らない。もらってしまえばお礼をしなければならなくなる。となると、何かしらややこしいことに発展しかねない。
そんな俺に思慮も知らず、彼女は受け取った後は何も気にしていないようだ。せっかく買った有名店のチョコレートも形無しだ。
結果、喜んではもらえたがそれだけ。発展なし、失敗。
作戦その三、押してもダメなら引いてみろ。
女性の反応を見るなら、他の女と仲好くしているところを見せ付けると良いらしい。過去の経験からくるものではあったが、彼女にはどうやら効かないようだ。元々何も発展していない関係だったので、無理もないかもしれない。俺に興味がなければ、当然他の女と何をしていようが気にならないはずだ。
試しに桐島と同じ総務の女子にも手を出してみた。と言っても、面倒は避けたいのでご飯に誘っただけだ。それだけでも女の噂と言うのは恐ろしいほどに回るのが早い。同じ課だと嫌でも耳に入るだろうと思ったのだけれど、桐島の態度には何の変化も見られない。
そのうち、俺が積極的になったと勘違いされて食事の誘いを逆に頻繁に受けるようになった。連絡先を聞かれることも増え、煩わしくなったので作戦中止、失敗。
どうしても靡かないことに疲れ、これから先どうしていこうかと頭を悩ませていたとき、たまたま飲みに行っていた大学時代の友人にアドバイスを受けた。
「井関も丸くなったな」
「そうか?」
「お前の横暴さは男から見ていたら小気味良いぐらいだったのにな。会社に入ってからすっかり優等生モードだろ?」
「おかげでチーフに選ばれました」
ちぇっと舌打ちする友人に妬みはない。こいつは俺の裏表の激しさを知りながら、友人として付き合っていた本当にいいやつだ。
「昔から仕事を優先するような性格でもなかったくせに、無理でもしてるんじゃないか?お前はちょっと横暴なくらいがちょうどいいよ」
桐島のことを相談したわけではないが、俺が何か悩んでいるのは雰囲気で感じ取ったらしい。さすが、俺の性格を分かっているだけある。
「横暴ってどこまで許されると思う?」
「え?いやあ、そりゃある程度節度を持ってだな…」
俺が無茶をすると思ったのか、急に慎重な発言を始めた友人に笑いかける。
「節度のある横暴ってなんだよ。めちゃくちゃだな」
「お前が言うとしゃれにならんからな。昔から俺の役目はお前を止めることだった」
至極真面目に言うものだから、余計におかしくなる。笑うと、少しだけ気が楽になった。
熱い友情、なんてタイプでもないが、たまにはこういう友情もいいもんだな、なんて柄にもなく思ってしまった。
最近、柄にもないことをしてばっかりだ。何事もうまくこなしてきたのが嘘のように、いろんなことで躓きまくっている。それは明らかに、彼女のせいだ。
そう、桐島美亜の。
久しぶりに足掻いてみるのも良いかもしれない。
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