嘘つきな彼女

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  5.嫉妬する男  

触れた唇はとても甘く、柔らかかった。
今までキスも、その先も何度も経験してきたというのに、初めてのようにその口付けに痺れている俺がいた。

「んぅっ」
小さく彼女の口から声が漏れる。無理やり押し付けた唇に少々抵抗を感じても、放す気はなかった。いや、放せない気がした。
「ちょ、…ん、っ」
慣れてそうにもない彼女を翻弄するように口付けを降らす。エレベータの中でなんて性急にもほどがあるのに、部屋まですらもつ気がしなかった。
年甲斐もなく、溺れている。感情に振り回されている。散々、そんな女性たちを馬鹿にしてきていたはずの俺が、自分が求めるこの感情の深さに歯止めをかけることができないでいる。
認めよう。俺は今、どうしようもなく目の前のこの女を欲している。
「え、っちょっと待って」
「待たない」
押し込めた部屋の玄関で、また性懲りもなく強引なキスを繰り返す。

「んっ、ぁんっ!」
弄る指に彼女が啼く。ぞくりとするほど艶やかな声。普段冷静で表情を崩さない彼女が、耐えきれなくなったように声を上げる。普段ここまで我慢したことがないからなのか、俺の感情も最高潮に高ぶっている。でも、彼女を何とか翻弄したいと、必死で理性をかき集めて彼女を快楽に流すことだけに専念する。
「へえ、良い感度」
耳元で囁くと、形の綺麗な耳が赤く染まった。ようやくの期待した反応に、一つ一つ俺の理性も薄れていく。めちゃくちゃにしたい。己の欲望のままに抱いて、満足するまで彼女を抱いていたい。
でも、それを実行しないのは、どうしてだろうか。

「ん、ふ…ぅ」
耐えるように漏れる声。快楽に歪む表情に、薄らと浮かんだ涙。彼女の反応から嫌がっているわけではなさそうだが、一々反応をうかがってしまう。
俺に感じてる?熱くなり桜色に染まる肌を食む。唇を這わせると、小さく声を上げて彼女が身体を震わした。甘い、美亜の香りにどんどんと理性を奪われる。
「美亜、そろそろいい?」
当惑した顔。自分の溺れている快感に、戸惑いを隠せないのか。濡れた睫毛が震える。ゆっくりと2度繰り返された瞬きに、了承の意味だと解釈する。どのみち、彼女には答えられそうにもない。
「あ…っ、ふ」
ゆっくりと彼女の中に入る。僅かな抵抗はあるが、どうやら初めてではないようだ。年齢を考えるとおかしい話ではないが、この熱を味わった男が他にもいるかと思うと、勝手な嫉妬心が沸き起こる。
甘い肌を食んで、柔らかな唇に口付けて、この熱に溺れたのか。誰が、いつ。
身も知らぬ男に異常な嫉妬心を覚える。熱に歪む彼女の表情を見つめながら、そんな顔を誰に見せたのかと苛立ちと焦りが沸く。
「あ、はっ、やぁっ…!」
彼女の反応から、こういった行為に慣れていないことは明らかで、初めてではないとは言え経験が少ないことは分かるのに。
啼かせて、熱に溺れさせて、俺にしか反応しない身体にしてしまいたくなる。彼女から、俺をほしがるような…。黒い感情、醜く歪む心。俺に溺れて、俺しか見えない世界で、美亜と二人きり。
「あ、おねが、い」
強請るように漏れた声。伸ばされた手にはっとする。今目の前にいる彼女が求めているのは確かにこの俺で、こんな表情をさせているのも俺で。
望むように身体を近づけて唇を塞ぐ。差し込んだ唇の先で彼女の舌が絡む。

「美亜、みあ」
「あんっ、ぁ!」

今は良い、身体の関係だけでも。
でも、そのうち、心までも…。


 
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