嘘つきな彼女

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  10.決意する男  

美亜に触れる手。見つめる瞳。
今すぐにでも引きはがしてやりたいと思った。

「俺が、助けになろうか?」

あいつの言葉を聞いた途端、一気に頭の熱が上がった。
「松永」
俺がいきなり声を掛けても、松永が驚いた様子はなかった。気付いていたな、タヌキめ。
「お帰り」
「松永、交代」
自然と声に苛立ちが入る。俺のその剣呑な態度にも臆することもなく、松永は余裕の笑みを浮かべた。こいつのこういうところが嫌いなんだ。馬鹿にされているような気がして、一層腹が立つ。
「なんで交代?」
「なんでも」
「本当、桐島さんよくこんな横暴な奴に耐えてるよね」
松永が短く笑う。それがいつもの馬鹿にしたような態度じゃなくて、驚くとともに焦りが生じる。今の短いやり取りで、先程聞いた松永の言葉が心からのものじゃないかと思ったからだ。
松永が美亜に興味を持ち始めている。以前のように俺をからかうためだけじゃなくて、松永自身の意思で、美亜を労わっているように思える。

「しょうがないな。今回は井関に譲るよ。じゃあね、桐島さん。お大事に」
松永が美亜の頭にもう一度触れて、腰を上げて俺の方まで来た。目が合うと、口元だけで笑いかける。
「今度手放したら本気で行くからな」
俺だけに聞こえるように耳打ちして、「じゃあ」と軽く手を上げて出て行った。

あいつを敵に回すと恐ろしいと思う。俺とあいつが違ったタイプな分、俺に靡かない女ならあいつに靡く可能性があるのだ。美亜がそうだとは限らない。俺にも松永にも靡かない回も知れない。でも、そうだとも言い切れない。

「熱は…ない、か?」
「たぶん、貧血、なので」
俺が額に手を当てると、美亜の身体がピクリと震えた。警戒しているのは分かるが、先程あいつに触らせていたかと思うと今の反応は気に入らない。
「それで、…なんで俺はあの日帰らされたわけ?」
言いながらベッドの端に腰を下ろす。俺の身体が近づくと、美亜の身体が固くなった。
「…っ、だ、だって」
「あの寒空の中、俺がどれだけ粘ったと」
「ご、ごめ」
俺が言い募ると、慌てたように美亜が謝る。泣きそうな顔。熱のせいもあるだろうが、今その表情は拷問に近い。
「それに眼鏡。外でははずすなと言ってるだろ」
これも気に入らないことの一つだ。眼鏡で分かりにくい、美亜の可愛い顔が良く見える。それを知っているのは俺だけのはずなのに、これでは誰の目に留まってもおかしくない。現に松永も興味を持ったようだったから…。
「松永にも、触らせてんな」
腕を引くと美亜の体は簡単に俺の方に傾いだ。柔らかい体、甘い香り。久々に手にしたぬくもりに、会社だと言うことも忘れて酔いしれる。少し熱っぽいのか、美亜の体は熱い。
「やっぱりちょっと熱いな」
「ちょ、ちょっと」
腕の中で美亜がもがくけれど、その抵抗は普段と比べても弱弱しいくらいで、逆に俺の嗜虐心を煽るだけだ。
「ったく、どれだけ俺を焦らせば気が済むんだ」
抵抗の言葉を発しようとしたその唇を塞ぐ。相手が病人だと分かっていながら、久しぶりに触れたその甘い唇に、急いてしまう。甘く漏れる声は俺を誘い、欲情を深める。
美亜の身体がより一層熱を持って、俺の体にその熱を伝えてくる。熱い。その熱に、我を忘れる。
「逃がすかよ」
駄目だ駄目だと言い続ける美亜を、快楽で強引にねじ伏せる。元々熱のあった彼女の抵抗は弱く、熱に浮かされたように瞳を潤まして泣くように懇願する。
「ぁん、やっ、は」
首筋から徐々に下り、痕を残しながら愛撫を落とす。触れるたびに美亜の体が震え、甘い声を上げる。病気の時は敏感になると聞いたことがあるが、今の美亜はまさにそうだ。会社だと普段信じられないくらい固い美亜も、今はここがどこだかということも認識できていないのだろう。快感に震え、甘く咽び泣き、俺の愛撫を受け入れる。
苛めすぎたか、一筋の涙を流した美亜に、さすがに罪悪感を覚えて唇でぬぐう。指を喘ぐ唇に割りいれ、宥めるように優しくかき混ぜた。
それでも触れる手を停めることができない。今まで我慢した分、抑えが利かなくなっているのか。
「ん、んんっ」
苦しそうに声を上げ、俺の指を噛む美亜は扇情的で、元々外れかかっていた箍が、いとも簡単にはじけ飛んだ。
「んぁっ、はんっ」
性急に求めだす俺に、美亜の喘ぎ声がひっきりなしに漏れる。塞いでいるからそう大きい声ではないものの、誰かが来たらタダじゃ済まない状況だ。一目見て、俺が美亜を襲っているというのは分かる。
それでも、ここが会社だと言うことも忘れていた。いや、考えていなかった。
そのときの俺の頭に占めていたものは、この熱を、甘い声を、柔らかな香りを、誰にも渡したくないということだった。
美亜を、誰にも渡したくない。松永なんて論外だ。
「絶対、逃がしたりしねぇから」
「んっ……!」
「誰にも、渡すかよ」
「ん、ぅ、ぁ…っ、ぁんっ!!」
俺の与える刺激に、美亜の身体が大きく震えた。絶頂が近いのが分かる。痙攣したようにその震えは大きくなり、俺の指の動きに合わせて短い喘ぎ声が上がる。びくりと震える体を押さえつけ、俺は与える刺激を強めた。
「らめっ、やっ…―――!!」
呂律の回らない舌っ足らずな甘い声を上げて、熱に浮かされたように震える。びくりと一瞬大きく震え、美亜がさらに高い声を上げた。


「……ほら、水」
何度も荒い呼吸を繰り返し、震えを抑える美亜に水を渡す。震える手でそれを受け取って、なんとか口に含むも端から零れていくのがなんとも卑猥で。
自分の欲がますます膨れ上がるのを必死に抑え、美亜から目を逸らしていた。
横目で見れば、恨みがましい目で美亜が見上げてくる。彼女は不満を訴えているのに、薔薇色に染まった頬が扇情的に見えて仕方がない。
どうしようもないものだ、男と言うものは。

「美亜、今日は早上がりするから先に帰るなよ」
そう告げて、さっさと退散を図る。これ以上この場にいたら、会社であることも忘れて無茶をしかねない。
もう十分に無茶をしているけれど。
美亜が傲慢な物言いの俺を不安そうに見上げる。これじゃ依然と変わらないじゃないか、自分でも思う。
でも、俺はこのとき決意していた。

もうこれ以上、放してやるものか、と。

 
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