嘘つきな彼女
12.囁く男
美亜はどこもかしこも甘い。
本当に好きな女だと、こんなにも甘く感じるものなんだろうか。
「はっ、あっん…ぁ、や」
短く漏れる声。抑えきれずに漏れるその声は、吐息までも甘い。
白く柔らかな肌。桜色に染まる頬。情欲に潤んだ瞳。そのどれもが、俺を誘う。
「美亜、美亜」
名前を呼ぶたびに、差し入れた内側が締まる。俺の愛撫に反応する美亜。その様子がいつもと違う気がして、性急になって求めてしまう。
組み敷いた身体には所々に俺が付けた赤い痕。こんな幼稚な独占欲、自分が誰かに抱くなんて思ってもみなかった。
誰にも渡したくない。触れさせたくない。こいつは俺のもんだって、世界中に誇示して回りたい。
「ぁ、んも、ぉ」
感じすぎて苦しいのか、荒い呼吸をしながら途切れ途切れに声を上げる。寄せられた眉間は苦しそうだが、伸ばされた手にやはりまんざらでもないのだと感じる。求められるままに身体を美亜の上に重ね、首に回しやすくしてやる。こうやってたまに甘えてくる仕草が、たまらなく愛おしい。
「や、もう…っ」
苦しげな声。美亜の熱い息が首筋にかかる。そんな彼女の感じる姿に俺まで感化されたように、ぞくりと甘い痺れが身体を伝う。
「すき、…だい、すき」
不意に美亜の口から漏れた言葉。
それは「漏れた」というにはふさわしく、かなり密着した状態でないと聞こえないほどもので。彼女が快感に意識があまらい定かでないことも分かっている。でも、耐えきれずに漏らしてしまったような彼女の声は、俺の最後の理性を途切れさせるには十分だった。
「殺し文句っ」
「あっ!、やぁ、ダメっ!!」
無茶をしていると分かっていても、彼女を攻め立てることを止められなかった。
「もう駄目」だと何度も訴えられ、それを無視して快感で追い立て、自らもおかしくなるくらいの感覚に襲われる。今までとは違う、美亜に受け入れられている感覚に、恐ろしいまでにのめり込んでいく。手放せない。止められない。
…正直、無理はさせすぎたと思う。
気を失うように眠ってしまった美亜の頭を撫でる。さらさらと柔らかい髪が指に心地いい。目尻に浮かんだ涙を指でなぞると、無意識なのかくすぐったそうに身を捩った。むき出しの肩や胸元には痛々しいほどの赤い痕。至る所に付けられたそれは自分でも自覚がない間にしたもので、俺の独占欲をまざまざと自覚させられた。
指先で肩の痕を何度も撫でていると、薄らと美亜が目を開ける。起きたのを黙って眺めていると、だんだんと意識が覚醒していったのか、数分後には思いっきりむくれてしまった。感情的になる彼女を見て可愛いと思うのは、やはり重症なのだろうか。
信じられない、と言い募る彼女。仕様がないだろ。お前を見ていると構いたくなるんだから。
思えば最初の研修からそうだった。俺はこいつに構いたくて仕方がないのに、普段にないほどあっさりとした態度で返されるもんだから、躍起になってプライベートの番号まで渡していた。それは違う女の手に渡ってしまったわけだけど。
「浮かれてたんだよ、柄にもなく。本当、ばっかじゃねぇの」
仕事で美亜を見掛けても、部署が違うとそれほど喋る機会もない。ましてや美亜は飲み会に参加する確率が恐ろしく低い。必然的に関わる。機会が少ないわけで、久しぶりに話してもいつも他人行儀。ようやく食事の約束を取り付けたときは、心の中でガッツポーズをした。学生の恋愛でもあるまいし、そんな些細なことで一喜一憂している自分は、恐ろしく情けなく感じたけれど。
本当に、どこまで手を焼かすんだ、お前は。
「4年だぞ、4年。ここまで持ち込むのにどれだけかかってんだ」
4年間、俺にはまともな恋人ができなかった。初めのころは自分の行為が情けなすぎて、他の奴に目を向けようとしてみたものの、どうにもこうにもうまくいかなかった。美亜を見るたびに手に入れたいと思ってしまう。
でも、と俺の言葉に彼女が帰す。
「彼女がいたじゃないですか!」
「経理の斎藤さん、秘書課の牧村さん、営業課の真田さんっ!」
「…よくご存じで」
気付いてたのか。美亜の気を引くために何度かご飯に行っただけの彼女たち。どの女も続きを期待していたが、いたって紳士的にご飯に連れ出しただけで、その後親密な付き合いをしたことはない。だから、大した噂も立たなかった。だから、情報に疎い彼女は気付いていないと思っていたのだ。効果がないと思って途中でやめたくらいだ。
…美亜が気付いていた。
しかも、彼女は話すうちに、どうやらどんどんと不満が大きくなってきたらしい。泣きそうな顔をして文句を言う。それはどう聞いても嫉妬にしか聞こえなくて、不満顔の美亜をみながら緩みそうになる顔を必死に抑えた。
こいつはどこまで可愛いんだ。
ただ、小野寺と俺が結婚するという噂はいただけない。あんな執念深い女、間違っても付き合ったりしない。松永もどうしてあんな面倒そうな女に手を出したんだか。
小野寺は本当に怖い女だった。俺は迫られても紳士面して断りを入れれば引いてくれたようだが、裏で噂を流していたところを見ると、それも作戦のうちだったのかもしれない。最終的に俺と松永のどちらが目的だったのか定かではないが、俺にしつこく迫ってこなかったのだから、やはり松永が目当てだったのだろう。
あいつも大変だな。一つも同情はしないが。
話が脱線したところで美亜を見ると、美亜は真剣に小野寺と松永について考え始めてしまったらしい。眉間にしわを寄せて何やら考え込んでいる。俺にはその二人がどうなろうと知ったこっちゃないし、興味もわかないが、美亜は違うらしい。とりあえず、ようやく美亜の誤解が解けたというのに、他のことを考えているとは頂けない。それが松永というのがなおさら面白くない。
「他の男のこと考えてるな」
「ちょ、どこ触って」
触らずにいられるか。据え膳食わぬは男の恥、一生の恥、頂けるものはいただいてやる。美亜だって満更じゃないだろう?
他のことなんか何一つ考えなくていい。考えられなくしてやる。
「もうワンラウンドな」
俺は何度だってかまわないけれど、仕方がないから手加減してやるよ。
覚悟しろよ、美亜。
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