嘘つきな彼女

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  2.苛立つ男  

今日は朝からイライラする。
原因はわかっている。分かりすぎて頭が痛いほどだ。こめかみを押さえるけれど、そんなものじゃ治らないって分かっている。

まったく、本当に…覚えてろ、美亜。

「ああ、奇遇だねぇ」
骨休めに休憩室でコーヒーでもと思ったのが間違いだった。いま一番会いたくないやつに会ってしまった。
「松永、お前」
「怖い顔してるぞ。普段のお前しか知らない女の子たちが見たら完全にビビるな」
俺は、会社ではかなり紳士的な男を演じている。周りの評価は『優しい、仕事ができる、格好良い』につきる。当然の評価だ。
学生時代からこういう自分を通してきたので、俺の本性を知っている人間は、親しい友人を含めてもごく僅かだ。
会社では約2名。同期で何かとライバルとして比べられることの多い松永はそのうちの一人で、よく仕事が重なるので、必然的にバレた。それに、松永は勘が良くて頭も切れる。それに何より、こいつもなかなか曲者なのだ。
「井関、お前意外にヤキモチ妬きだな」
「は?」
「しらばっくれてもダメだぞ。俺が彼女に渡したアドレスをシュレッダーに即入れしたくせに」
いつも周りには見せない、見るだけで腹が立つニヤニヤ顔。
やっぱり。こいつ、俺が見ているの知ってて渡しやがったな。シュレッダーに放り込んだ後、目があったのは気のせいじゃなかったのだ。
「困ってるから助けてやっただけだろ。ゴミを捨ててやったんだ」
「そんなこと言って…。さっきから、彼女に近付こうとする男をやんわりと牽制してるくせに」
そんなことまで見てやがるのか。いくら腹が立っていても、いつもと変わりのないように振舞っているつもりだが、それでも分かるものなのか。いや、恐らくは気付いているのはこいつだけだろうけれど。いつもと変わりなく、紳士的に立ち回らなければいけないせいで、どれだけ神経をすり減らしているわからない。とても疲れる。それがさらに頭痛に拍車をかけるのだ。
「女の子は変わるねもんだねぇ。眼鏡はずしただけでずいぶん変わるな」
だからはずすなと言ったのに!あいつを見る男どもの目をつぶして回りたい。
「うわっ、怖い顔!」
「うるせぇ」
楽しそうに言う、松永を横目で睨む。周りにあまり人はいないから、遠目には同期同士で仲良く歓談しているようにも見えるだろう。

「あ、今度は上田か。みんなめげないなぁ」
営業課の後輩が彼女に声を掛けているのが目に入った。ここからじゃ声は聞こえないし、どんな会話をしているのかまでは分からない。にこやかに話しかける後輩。対して美亜は、愛想笑い程度の笑みを返しているだけ。分かっている。美亜の性格まで変わったわけじゃないから、彼女はいまだ人見知りのままなのだと言うことは。
でも、我慢がならないのだ。美亜の良さは俺だけが知っていればいい。誰も彼女に興味なんて持たなければいい。自分の中に、こんなにも強い独占欲があるだなんて今まで知らなかった。
気付けば彼女たちの元へと足が向いている。松永の嫌味な笑みを視界の端に捉えたけれど、気にしている暇はない。
「上田、今日の午後の資料、ちゃんと揃ってるか?」
「あ、主任」
少し焦った表情の上田は、自分の腕時計へと視線を落とす。
「昼一でしたっけ、会議」
「部長の帰社待ちだから、いまのところ15時の予定だ。一度目を通しておいた方が良いからな。部長の帰社前には間に合わせるように」
言外に早めに揃えろと言っているわけだが、上田はまだ迷っているようだ。時計を何度も確認する。昼時間くらいはほしいだろうけれど、美亜と過ごさせるわけにはいかない。
「せっかく桐島さんの約束を取り付けていたところなんですよ。15時には間に合わせますから、お昼は大目に見て下さいよ」
営業は上下関係が厳しい。だから普段紳士な俺も、上田を含め後輩指導はきちんと行っている。教育指導ができているから、後輩はちゃんと先輩の言うことを聞かなければいけないと言う意識の元、仕事の関係が成立している。
「桐島さんも貸せないな。彼女とおしゃべりする暇があったら、さっさとお昼を終わらせて仕事を上げてほしいな」
「…なんで主任がそこまで……」
上田はまだ不満そうだ。美亜までどうしたものかと視線を二人の間でさまよわせている。どう割り込んでいいのか思い悩んでいるらしい。
「美亜は貸せないと言うんだ。どうしてもと言うなら、俺を超えてから言え」
もちろん仕事で、だ。俺の成績を抜くにはずいぶんと業績を上げなければいけない。もちろん後輩に抜かせてやる義理はないので、そう簡単にはいかないけれど。
「えっ、ちょ、井関主任」
「時間切れ。時計を見ろ。もう昼休憩も30分切ったぞ。これは片手にパンでがんばるしかないな」
どん、と強く肩を押す。多少強引でも仕方ない、強制送還だ。上田を食堂から追い出すように背中を押していく。
「帰りに美亜の家によるから、駐車場で待ってるように」
ちゃんと最後にけん制も忘れない。周りの目があるのもちろん承知の上。ボリュームだって落としてはいない。
「は、ぁ!?ちょっと、勝手なこと言わないでくださいよ!何も食べるものの用意はしてないですからね」
自分で吐露している事実に美亜は気付いていない。明らかに周囲の視線は俺たちに向いている。周りの人間はすべて、いまの会話を聞いていただろう。俺と美亜が、同じ部屋で美亜の作る食事を食べる仲だと言うことを。
これで噂が回れば、確実に美亜を狙うやつは減るだろう。何て言ったって、相手はこの俺だ。俺と美亜が深い仲だと知って挑んでくる奴は、相当の馬鹿か、相当の強者だ。
「じゃあ後で」
いつもの笑顔を向けながら、未だ不満顔の美亜に手を振って俺も食堂を後にする。

内心で俺は、うまく虫が払えたと思っていた。



 
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