嘘つきな彼女
7.内緒の彼女
あれから何度抱かれただろう。
ご飯に誘われ、その後はホテルへ。いつもそういうパターン。学習能力のないわたしは、彼の誘いを断り切れず、流されるままに抱かれてしまう。
好きという言葉も、付き合うという概念も、一切ない。いつの間にか登録されていた彼の番号から呼び出しがかかって、渋々出かける羽目になって、気が付いたら甘い声を上げさせられている。彼が飽きるまで何度も抱かれ、立てなくなることもしばしば。でも、そういうときの彼はとても優しくて、勘違いしてしまいそうなくらいに甘い。
誘われるのは週末のときもあったし、平日の仕事終わりのときだってあった。1週間に2度のときもあれば、ほとんど1カ月、連絡してこないときだってあった。
もちろん、職場ではお互い同僚以上の態度はとらない。…恋人でもないのだから、傷つくこともない。
職場での女性の噂好きはつきもので、地味なわたしと彼は噂が立つことはなかったけれど、彼の浮名はたくさん聞いた。誰と食事をしていたとか、腕を組んで歩いていたとか、抱き合っていたという目撃情報まで飛び出す。どれも全部、わたしと彼とではありえないことだ。
身体だけの付き合いを続けて、半年が経とうとしていた。
相変わらず電話で呼び出しを受けて食事をし、その後は流されるまま。
彼の噂の数と比べ物にならないほど、わたしに浮いた話はなかった。もともと地味だから言い寄られることなんて無いに等しいのだけれど、それでも1度や2度はあった。
ご飯に誘われただけのそれは、結局発展することもなく、いつの間にやら流れてしまっていたけれど。
「美亜、今日泊まりに行っても良い?」
同僚の山崎とは仲が良いので、こういういきなりなお願いも時々あった。山崎は美人で、わたしと違ってよくモテていたから、彼女の恋愛話が尽きたことがなかった。
わたしはあまり付き合ったことがないので経験豊富な彼女の話は聞く一方だったけれど、山崎はわたしがただ聞いてくれるのが嬉しいと言って、わたしへいつも相談したがった。
地味なわたしと良い意味で目立つ山崎。性格も全然違うわたしたちだったけれど、それが良いのか友人としてうまくいっている。考え方は違うけれど、話は合う。男女だったらこれがうまくいかないのだろうけれど、友情としてはベストな形にも思えた。
「いいけど」
「良し!じゃあ今日は美亜の手料理ね」
なぜか山崎が失恋した時はわたしが手料理を作らされる。確かに込み入った恋愛話をするには自宅の方がいいし、ゆっくり話をするには家で食事をとった方がいいというのも分かる。そして山崎が言うには、「わたしより美亜が作った方がおいしいんだもん」だそうで、根っからのお人よしなわたしはそんな言葉に単純に反応して彼女のために料理をしてしまうのだ。
おかげで、彼女専用の食器もあったし、仲良くおそろいの歯ブラシだってあった。
「今日は飲むわよ〜」
意気込んでスーパーでカートにお酒を放り込む彼女の横で、溜め息をつきながら野菜を放り込む。玉ねぎ、にんじん、じゃがいもと放り込んで、お肉を入れる時にはビールがワンケース入っていて思わず呆れてしまった。
どうやら今夜は本気で話し込むつもりらしい。
「でさぁ、思わず殴っちゃったわけよ」
二股をかけていたという元彼の話を聞いて、少し彼がかわいそうになった。いや、振られたのは山崎なんだろうけど、このあっけらかんとした感じ、どうも振られて悲しいといった感じではない。
「もうそれはせいせいしたわね。どうせ別れるつもりだったんだけど」
それでさ、と山崎の話が続く。あれ、どうやらここからが本題らしい。
「その場にいて大笑いした男がいたのよ。まあ、高級レストランで右ストレートを繰り出したわたしも悪いんだけどさ」
…やっぱり、かわいそうなのは彼の方かもしれない。山崎のストレートはチャンピオン級だ。なんてったって、プロボクサーのお兄さん直伝の腕前らしいから。
「それがすっごい良い男でさ、笑われたのも許せちゃうほど渋くてかっこ良かったのよ!その男が声を掛けてきたときには脈ありかと思ったけど、しばらくしたら隣に美女が立ってるんだもの。ほんとガッカリだわ」
高級レストランでボクシングした女に声をかけるとは相当な強者だ。
山崎の話の目的は彼のことだったらしく、それからそのレストランでの一幕について延々に語られた。彼がどれだけ良い男で、好みだったかを。本当に、彼女のこの恋愛に対するバイタリティには感心する。
「美亜はないの、そういう話」
「…そういう話って?」
「恋愛話に決まってるでしょ」
まさか社内で人気の井関さんと“そういう関係”にあるとは言えず、ないと答えるしかなかった。まさか、セフレだなんて死んでも言えない。
「本当、なんでそんな浮いた話がないんだか…」
「仕方ないでしょ」
ふぅんと探るような目にどきりとしたけれど、それからまた山崎の話に戻っていったのでほっと息を吐いた。本当に何やってんだか、わたしは。
それからそのおしゃべりは延々6時間続いて、ディナーをしながら話していたのに、気付いたら深夜も既に回っていた。
山崎とはよくこんなことがある。大抵泊まりに来るのは金曜なので、土曜の昼も近くに目を覚まして、朝食兼ランチを取って帰るのが多いのだけれど。
そして今回も、ランチを食べると「じゃあまた月曜日に」と言って彼女は帰っていった。
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